◆41 アバンチュールなんかじゃない


「ん……」

柔らかな感覚、温かいマシュマロの様な。何時の間にか眠ってしまったらしい。
心地よい感触に、未だ此の儘微睡んでいたいと思い乍らも瞼を少し上げる中原。
目の前の柔らかいモノに顔を埋める。

「…………。」

暫く黙り込み、徐々に覚醒していく意識の中で、血の気が一気に引いていくのを感じる。
己が顔を埋めた、柔らかいモノの正体を、中原は知っていた。

二つの柔らかい膨らみ、女性の胸部だ。

見開いた双眸が捉えたのは、見覚えのあるシャツ。勢いよく顔を上げると、其処には綺麗に微笑むなまえが居た。

「あ、おはよう、中也。」

瞬時に腰を後方へ引く中原だった。



心身共に落ち着いてから、寝台の上、なまえと向き合い胡座をかく中原。
頬に若干の熱を持ち乍ら頭を掻いた。

「すまん!言い訳はしねぇ。殴りたかったら殴ってくれ。」

そう言って頭を下げる中原に、キョトンとするなまえ。
中原の膝に置かれた手にそっと触れ、頭を上げるよう伝える。ゆっくりと頭を上げた中原は、気不味そうな表情をしていた。

「昨夜は、一緒に居てくれてありがとう。」

なまえは笑顔で礼を言うが、哀惜の色は隠しきれていなかった。それは完全に作られた笑顔だった。
中原は、なまえの頭を撫でてやる。すると、あることに気がついた。

「あれ、手前……」

撫でていた手が止まる。なまえは不思議そうな表情を向け、次の言葉を待つが、中原は口を噤んだ儘だった。

「…いや、今日は一日ゆっくりしてろ。」

自分はこれから本部に向かうと言うので、なまえは隣の自宅へ戻った。



支度を終えた中原が家を出ると、なまえが立っていた。
スーツに身を包み、身なりを整えたなまえが。

「無理すンな、今日ぐらい」

「運転、致しましょうか、中原さん。」

中原の言葉を遮り、なまえが微笑む。
本人の意思を尊重し、中原は車の鍵を手渡し返答とした。

車に乗り込むと、寄り道をすると言い出した中原。なまえは中原に言われるが儘にハンドルを切る。
着いた先は、美容室だった。

「此処で待ってるから、行って来い。」

中原は座席の背凭れを倒すと目を瞑り、軽く追い払うような仕草をする。
なまえは礼を言って、美容室へ向かった。



「お待たせして、すみませんでした。」

なまえが運転席へ乗り込む。中原は上体を起こし、なまえを見て頭をぽんと叩いた。

「短いのも似合ってンじゃねぇか。」

少し照れくさそうに言う中原になまえははにかみ、本部へとアクセルを踏んだ。



「で、如何だったの、昨夜は。」

本部に着くなり、太宰が中原に絡んでいた。
直ぐ後ろにはなまえも居たが、そんなのはお構いなしに、繊細さに欠ける質問を投げ掛ける。

「何の話だ。手前のイカれた脳内で想像してる様な事は何もねぇよ。」

残念だったな、と嘲笑う中原。それに対し、ニヤリと口を歪ませる太宰。

「えー?私の脳内で想像してる様な事ってなんの事?
私は唯、昨夜はちゃんと眠れたのか如何か心配で聞いただけなのに、中也は一体どんな想像したのだろうねぇ。」

ねぇ?と後からついて歩くなまえに顔を向けた。
隣で中原が怒ってるのは一切気にせず、なまえの表情を窺う。

「昨夜は、中也に一緒に寝てもらいました。太宰さんの想像する様な事はありません。」

なまえの言葉に何度か瞬きをする太宰。中原を横目で睨み付けるようにして言う。

「何それ、一緒に寝てるじゃない。本当に何もなかったの。若しかして中也、病…」

「違ぇよ!ったく…手前に俺の苦しみは解らねぇよ。」

中原は些か俯き加減で呟く。太宰は察したらしく、無言で中原の肩を叩いた。

「触んな!手前に同情されると余計虚しくなンだろうが!」

「中也に同情なんてする訳ないでしょ。"イイ人"だなって思っただけさ。」

楽しそうに笑う太宰の手を振り解き乍ら、中原は舌打ちをしつつ執務室へ入っていく。
続いて執務室に入ると思われた太宰が、突然くるりと反転する。

「なまえちゃん。悪いのだけれど、次の任務で必要な銃器の準備をお願いできるかな。」

衣嚢から一枚のメモを取り出し、なまえに渡す。返事も聞かず、宜しくとだけ言って執務室に入り扉を閉めた。
幹部の命令に背く訳にもいかず、なまえは先日中原と訪れた武器庫へ向かった。


2019.05.14*ruka



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*confeito*