◆41 アバンチュールなんかじゃない
「ん……」
柔らかな感覚、温かいマシュマロの様な。何時の間にか眠ってしまったらしい。
心地よい感触に、未だ此の儘微睡んでいたいと思い乍らも瞼を少し上げる中原。
目の前の柔らかいモノに顔を埋める。
「…………。」
暫く黙り込み、徐々に覚醒していく意識の中で、血の気が一気に引いていくのを感じる。
己が顔を埋めた、柔らかいモノの正体を、中原は知っていた。
二つの柔らかい膨らみ、女性の胸部だ。
見開いた双眸が捉えたのは、見覚えのあるシャツ。勢いよく顔を上げると、其処には綺麗に微笑むなまえが居た。
「あ、おはよう、中也。」
瞬時に腰を後方へ引く中原だった。
◇
心身共に落ち着いてから、寝台の上、なまえと向き合い胡座をかく中原。
頬に若干の熱を持ち乍ら頭を掻いた。
「すまん!言い訳はしねぇ。殴りたかったら殴ってくれ。」
そう言って頭を下げる中原に、キョトンとするなまえ。
中原の膝に置かれた手にそっと触れ、頭を上げるよう伝える。ゆっくりと頭を上げた中原は、気不味そうな表情をしていた。
「昨夜は、一緒に居てくれてありがとう。」
なまえは笑顔で礼を言うが、哀惜の色は隠しきれていなかった。それは完全に作られた笑顔だった。
中原は、なまえの頭を撫でてやる。すると、あることに気がついた。
「あれ、手前……」
撫でていた手が止まる。なまえは不思議そうな表情を向け、次の言葉を待つが、中原は口を噤んだ儘だった。
「…いや、今日は一日ゆっくりしてろ。」
自分はこれから本部に向かうと言うので、なまえは隣の自宅へ戻った。
◇
支度を終えた中原が家を出ると、なまえが立っていた。
スーツに身を包み、身なりを整えたなまえが。
「無理すンな、今日ぐらい」
「運転、致しましょうか、中原さん。」
中原の言葉を遮り、なまえが微笑む。
本人の意思を尊重し、中原は車の鍵を手渡し返答とした。
車に乗り込むと、寄り道をすると言い出した中原。なまえは中原に言われるが儘にハンドルを切る。
着いた先は、美容室だった。
「此処で待ってるから、行って来い。」
中原は座席の背凭れを倒すと目を瞑り、軽く追い払うような仕草をする。
なまえは礼を言って、美容室へ向かった。
◇
「お待たせして、すみませんでした。」
なまえが運転席へ乗り込む。中原は上体を起こし、なまえを見て頭をぽんと叩いた。
「短いのも似合ってンじゃねぇか。」
少し照れくさそうに言う中原になまえははにかみ、本部へとアクセルを踏んだ。
◇
「で、如何だったの、昨夜は。」
本部に着くなり、太宰が中原に絡んでいた。
直ぐ後ろにはなまえも居たが、そんなのはお構いなしに、繊細さに欠ける質問を投げ掛ける。
「何の話だ。手前のイカれた脳内で想像してる様な事は何もねぇよ。」
残念だったな、と嘲笑う中原。それに対し、ニヤリと口を歪ませる太宰。
「えー?私の脳内で想像してる様な事ってなんの事?
私は唯、昨夜はちゃんと眠れたのか如何か心配で聞いただけなのに、中也は一体どんな想像したのだろうねぇ。」
ねぇ?と後からついて歩くなまえに顔を向けた。
隣で中原が怒ってるのは一切気にせず、なまえの表情を窺う。
「昨夜は、中也に一緒に寝てもらいました。太宰さんの想像する様な事はありません。」
なまえの言葉に何度か瞬きをする太宰。中原を横目で睨み付けるようにして言う。
「何それ、一緒に寝てるじゃない。本当に何もなかったの。若しかして中也、病…」
「違ぇよ!ったく…手前に俺の苦しみは解らねぇよ。」
中原は些か俯き加減で呟く。太宰は察したらしく、無言で中原の肩を叩いた。
「触んな!手前に同情されると余計虚しくなンだろうが!」
「中也に同情なんてする訳ないでしょ。"イイ人"だなって思っただけさ。」
楽しそうに笑う太宰の手を振り解き乍ら、中原は舌打ちをしつつ執務室へ入っていく。
続いて執務室に入ると思われた太宰が、突然くるりと反転する。
「なまえちゃん。悪いのだけれど、次の任務で必要な銃器の準備をお願いできるかな。」
衣嚢から一枚のメモを取り出し、なまえに渡す。返事も聞かず、宜しくとだけ言って執務室に入り扉を閉めた。
幹部の命令に背く訳にもいかず、なまえは先日中原と訪れた武器庫へ向かった。
2019.05.14*ruka
前 ◆ 続
<<back
*confeito*