◆43 同じ穴の狢


「私は君たち二人は似ていると思うのだよ。」

太宰が酒杯の縁を人差し指でなぞり乍ら言う。なまえと織田は、揃って太宰を見た。

「唐突だな。具体的に何処が似てると思うんだ。」

「其れには先ずなまえちゃんに、織田作の事を話さなければならないね。」

太宰は楽しそうに、織田の事を話し始めた。
『何があろうと絶対に人を殺さない信条を持つ奇妙なマフィア』
なまえは黙って聞いていた。織田は二杯目をマスターに注文しつつ、簡単な相槌を打つ。

「次になまえちゃんだけれど、彼女は高額な報酬を何に使っていたと思う。」

頬杖を突き乍ら織田に問う太宰を、なまえは暫く眺めていた。
こんな表情も出来るのかと。

「高額な報酬…賭け事か?」

「織田作…其れなら私は君たちが似ているだなんて言い出さないよ。」

「そうか。」

"友人と会話を楽しむ唯の青年"
なまえの目に、今の太宰はそう映った。
不思議ではあったが、何故だか嬉しいような、安心したような気持ちになり、マティーニを飲み干した。

「次はモスコーミュールで良いかい。」

空になった酒杯を目敏く見ていた太宰はニヤリと笑い、なまえは動きが止まる。
モスコーミュールはアリキーノのバーで、いつもなまえが飲んでいたカクテルだった。
太宰の発言はソレを知った上でのものだとなまえは判断し、きつく睨みつけた。
太宰は依然として笑顔。

「マスター、彼女にチャーリーチャップリンを。」

「え?」

なまえは驚き、声のした方、織田へ勢い良く振り返る。
短くなった髪がふわりと揺れた。

「太宰、詳しい事は知らないが、あまり苛めるな。嫌われるぞ。」

そう言って酒杯を傾ける織田。
其の横顔を見つめるなまえの頬は、若干の赤みを帯びていた。

「ふふ、織田作に怒られてしまった。」

太宰からの謝罪はなかったが、矢張り楽しそうに笑った。

「それで、どんな使い道なんだ。」

会話を元に戻すべく、織田がなまえへ問い掛ける。なまえは赤らんだ顔を下へ向け、答えられずにいた。
其の様子を横目で見つつも、太宰は黙った儘酒を呷った。
カウンターに静かに酒杯を差し出すマスター。

「どうぞ、チャーリー・チャップリンです。」

軽く頭を下げて酒杯を手前に引くなまえ。然し、酒杯を見つめるだけで口をつけようとしなかった。

「…質問を変えるか。其の太宰みたいな包帯は如何したんだ。」

袖から覗く手首の包帯を指差しているものの、視線は首の包帯へ向けられていた。
腕を下げ隠すような素振りを見せたなまえに、太宰は不敵な笑みを浮かべ、代わりに答えた。

「私を尊敬するあまり、私のコスプ」

「違います。」

間髪入れずに否定したなまえは、じとりと太宰を睨んだ。

「違うのか。」

「違います。」

織田が真顔で聞いてくるので、なまえも真顔で即答する。
太宰はまた楽しそうに笑った。

「おや、珍しい事もあるものですね。お二人の間に女性が座っているなんて。」

「安吾!」

「出張から戻ったのか。」

安吾と呼ばれた眼鏡の男が階段を降りながら言うと、反応したのは太宰と織田だった。
なまえはぺこりと頭を下げ名乗ると、男は難しそうな顔をして眼鏡を指で押し上げた。

「私は坂口安吾です。」

そう言うと右手を差し出したので、なまえは俯きがちにおずおずとその手を握った。
視線を感じ顔を上げると、矢張り難しそうな顔の坂口と目が合うも逸らされてしまう。

「マスター、いつものを。」

「かしこまりました。」

坂口が太宰の隣のスツールへ腰掛けると、直ぐに注文したばかりの"いつもの"が差し出される。
まるで用意してあったかのように。
無言でそれを眺めていたなまえは、太宰や織田と同じ様に、坂口もまたこの店の常連客なのであろうと理解した。
そして一つ増えた酒杯が掲げられ、密やかな酒宴が始まった。



なまえは酒杯に口を付けながら三人の遣り取りを眺める。
呆けているのか本気なのか、可笑しな事を言う太宰に、冷静なのか天然なのか、穏やかに対応する織田。
それを零さずツッコミを入れる坂口と、なんとなく三人の関係性が見えてきた。

「ああもう、ほら、なまえさんまで太宰くんを甘やかさないでください!」

ツッコミの矛先がなまえにまで及ぶと、なまえはぱちくりと瞬きをして、何度も頷き了承した。
先よりも賑やかになった席に、なまえが小さく笑う。
すると太宰越しに坂口と目が合った。
その顔は笑顔でも、難しい顔でもなく、どこか哀れむようなものだった。
気になったなまえは坂口に声を掛けようとするも、太宰に阻まれ、また坂口の視線も別の方向へと向いてしまった。



其の後、他愛もない話をして四人の夜は更け、初めに坂口が席を立つ。
なんでも、明日も早朝から出張に行かなければならないらしい。
それから然程経たないうちに、織田が席を立った。

「すまない、太宰。俺も明日は早くから任務なんだ、そろそろ帰らせてもらう。」

「えー、織田作もかい。もう一杯くらいなら良いだろう?」

帰ろうとする織田を引き留め、もう少しと駄々を捏ねる太宰。
そんな太宰を横目に、なまえも席を立つ。

「それなら私も…」

立ち上がったなまえがふらりと倒れそうになった処を織田が支えてやる。
見ればなまえの顔は真っ赤になっていた。

「大丈夫か。」

心配そうに織田が問い掛けると、なまえは大丈夫とへらっと笑った。
最初に出会った数時間前の彼女とは随分と感じが違う。酒に酔っているのだ。
織田は後方で座った儘の太宰に視線を向ける。頬杖を突きなまえを見つめ乍ら口を歪めていた。

「太宰、俺が送ってもいいが」

「明日は早いんだろう、私に任せ給えよ。大丈夫、酔った女性を襲ったりはしないさ。」

いつもの太宰ならばそうだろう。
然し、彼女に対しては歪な感情を向けているように感じていた織田は、若干の不安を抱きつつも友を信じ、なまえの身を預けた。


2019.09.16*ruka



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*confeito*