◆47 微糖缶珈琲
「いい天気……」
何気なしに空を見上げた。
今日は、中也単独での任務があるとのことで、適当に時間を潰して帰れと仰せ付かった。
頼まれていた急ぎの仕事を終わらせ、息抜きに外へ出る。
以前中也にお薦めされた喫茶店にでも行こうかと、歩き出した目の前に広がる青空に心が奪われた。
「…みょうじ?」
少ししてから再び歩き出すと、思い掛けず後ろから名前を呼ばれる。
聞き慣れない声だったが、穏やかな声色ははっきりと覚えていた。
振り返ると記憶通りの男が立っていた。
「えと…織田、さん?」
然し、多少の戸惑いを隠せなかった。
何故って、彼は猫を抱いていたのだ。
◇
聞けば、取引先のお偉いさんの愛猫が行方不明になり、朝から探してやっと見つけたところだったらしい。
…ポートマフィアってそんなことまでするんだ。それが私の正直な感想である。
そういえば太宰がこの人は"殺さずのマフィア"だと言っていたか。
何となく流れで公園のベンチに並んで腰を下ろし、織田さんは足元に大切な猫を入れた籠を置く。
喫茶店に行く予定が缶珈琲に変わってしまった。
それでも全く嫌な気がしないのは、この織田という男から流れる空気が酷く心地良いからだった。
不思議な男だ。
でも、だからこそ、彼の太宰の友人でいるのだろうと、妙に納得がいった。
「あの後は大丈夫だったか、だいぶ酔っていた様子だったが。」
思わず閉口する。
この人は知らないのだ、あの後というより、あの日太宰が私にしたことを。
大丈夫だった筈がない。
然し真実を説明する訳にもいかず、答え倦ね、缶珈琲のプルタブに人差し指を差し込む。
上手く開けられずにいると、ひょいっと横から缶を取り上げられる。
織田さんは最も簡単に開封する。無言無表情で、自然な流れの中での出来事のように私の手に戻された。
軽く会釈をして礼を述べる。
「何かあったのなら、代わりに謝る。彼奴は理解され難い性格をしているが、悪気はないと思う。多分。」
そう言うと織田さんは、私に向かって頭を垂れた。
理解され難い性格、悪気はない、と言う織田さんの言葉に笑ってしまった。
疑惑の念と、どこか安心をしてしまったからだ。
彼を理解してあげている人物が、いたのだと。
散々な目に遭わされているというのに、私も大概だ。
缶珈琲を一口飲み、隣に座る織田さんを見上げる。笑われた理由が解らない、という瞳が向けられていた。
「ごめんなさい、大丈夫です。太宰さんのこと、そんな風に言う人、初めてだったから。」
また少し笑って言うと織田さんは、そうか、とだけ言って正面に視線を戻した。
少しの間、風が吹く音と、猫の偶の鳴き声が鼓膜を揺らす。
もう一口、缶珈琲を飲もうと口をつけた時、織田さんが口を開いた。
「そういえば、随分とみょうじを気に入っているようだったが、太宰とはどんな知り合いなんだ。」
再び、私は返答に詰まる。
真逆、"本人殺害の依頼を受けている"なんて言える訳もなく、適当にごまかそうとして織田さんを見る。
すると、彼は急に私の缶珈琲を取り上げ、頭を抱えるように抱き締めたかと思ったら、勢いよく押し倒された。
訳が分からず、驚愕の声も上げられずにいると、程なくして後方からサッカーボールが飛んできた。
織田さんに押し倒されていなければ、今頃私の頭部に直撃していただろう。
「すまない、大丈夫だったか。」
織田さんは体を起こしながら、私の手を引く。
軽く頷くと、缶珈琲を返してくれた。
まるで何事も無かったかのように。
織田さんは転がっていたサッカーボールを拾い上げると、後方から走ってきた少年に投げ返してあげた。
少年は一礼すると去って行った。
また私の横に平然と座る織田さん。
未だに吃驚顔の私の視線に気付くと、頬を掻いて説明をしてくれた。
「俺の異能は、数秒先が見えるものでな。みょうじの頭にサッカーボールが直撃して、缶珈琲が盛大に溢れた後、服を汚して気絶するみょうじが視えた。」
未来予測の異能力、それだけでも珍しくて吃驚だが、何故そんな使い様によっては最強の彼が"最下級構成員"なのだろうか。
"殺さず"だからだろうか。
「あの、バーでの質問なんですけど」
なんとなく、この人に話したくなった。
酒の席での質問なんて、お互いに適当に流して終い。
それでも良かった、良かったのに。
「高額な報酬の使い道…実は、貧民街の子ども達の支援金に充ててるんです。貧民街出身なもので、私。」
「貧民街の…」
私が無言で織田さんを見つめていると、織田さんは空を見上げてぽつりと言った。
「みょうじ、咖哩好きか。」
2019.12.25*ruka
前 ◆ 続
<<back
*confeito*