◇48 thaw


「織田作ちゃんが女の子を連れてくるなんて珍しいね。彼女かい?」

「親爺さん、この子は同僚だよ。」

親し気に店主と会話をする織田さんは、私をフリィダムという飲食店に連れて来てくれた。この感じからすると常連客なのだろう。
通う程に美味しいのだろうか。促されるままカウンター席に座り、水を受け取る。
すると店主は、注文を取ることなく調理に取り掛かる。と言っても、仕込んである咖哩をお皿に盛り付けるだけの為、咖哩が出される迄に大した時間は掛からなかった。
店主に礼を言って咖哩を一口頬張る。少し辛めだったが、美味しい咖哩だった。

「どうだ、辛くないか。」

口に合うか心配だったのか、織田さんと店主二人の熱い視線が注がれる。首を横に数回振って素直な感想を述べた。

「とても美味しいです。少し辛いけれど。」

両名ともほっとしたのか、店主は厨房内の丸椅子に座り新聞を読み出した。織田さんは、漸く自分の咖哩に口をつけた。
取り留めのない会話を少しだけ交わし乍ら咖哩を食べ進める私達に、店主がさり気なく話し掛ける。

「上で織田作ちゃんのこと待ってるよ、食べ終わったら顔出してやって。」

織田さんは無言で頷くと、咖哩を掻き込む。水を飲んで、前を向いたまま口を開く。

「みょうじは、貧民街の子どもらを支援していたと言っていただろう。俺も龍頭抗争で孤児になった子ども達を養っている。この店の上でな。」

上向きに人差し指を立てて、私を見る。初めて織田さんが殺さずの理由が解った気がして、思わず口走る。

「嗚呼、だから"殺さず"なんですね。」

織田さんは黙ってしまった。不思議に思い首を傾げると、視線を逸らされてしまった。

「まぁ、理由でない訳ではないな。」

そう言って席を立ったので、織田さんを真似するように咖哩を掻き込む。
すると織田さんは驚いた顔をして、少し笑った。

「咖哩、ついてるぞ。」

布巾で乱暴に顔を拭かれたが、矢張り嫌な気にはならなかった。



織田さんの後について階段を上がる。
一つの扉の前で止まると、勢いよく開いた。
中は静まり返っている。
脇から覗くと、玄関口には小さい靴が多数散乱していた。子どもの靴だ。女の子もいるらしい。
それにしても、部屋の中があまりにも静かだ。
織田さんが中へ進んでいく。私は如何しようか、と入り口で躊躇していた。

次の瞬間、子ども達が一斉に織田さんに飛びかかり、果敢にも挑んでいく。
当然、織田さんに勝てる訳もなく、子ども達はあっという間に一つに纏め上げられてしまった。
それを玄関口からこっそり見守っていると、子どもの一人が私に気づき声を上げた。

「おださく!女だ!女がいる!」

「あ!ほんとだ!綺麗な人がいるよ、おださく!」

わあわあと騒ぎ出す子ども達に苦笑いしていると、織田さんが私を女呼ばわりした男の子にデコピンをした。

「彼女は俺の同僚のみょうじだ。」

「どーりょー?どーりょーって何?」

「同じ職場ってことだろ。じゃあ、お姉さんもポートマフィアなの?」

「お姉さんも、おださくみたいに強いの?」

「ねぇねぇ、下の名前はなんていうの?」

「おださくの彼女なの?」

興味津々といった様子の子ども達に、矢継ぎ早に質問責めを受ける。
貧民街にいた頃の記憶が蘇り、自然と笑顔になってしまう。
順番に回答すると、彼女ではないという言葉に落胆の色を隠さない子ども達。

「なーんだ、ようやくおださくにも春が来たのかと思ったのに。」

「余計なお世話だ。どこでそんな台詞を覚えたんだか。」

「おださくが置いていった小説だよ。」

「あぁ、あれか。」

織田さんと子ども達の遣り取りは、仲の良さが伺え、胸の辺りが暖かくなっていた。
それから暫くその場に私も混ぜてもらい、楽しい時間を過ごした。



あっという間に陽は沈み、月が薄らと姿を現していた。

「そろそろ帰るか、なまえ。」

私を下の名前で呼ぶ子ども達につられて、織田作さんも私のことを下の名前で呼ぶようになった。
かく言う私も、"織田作さん"と呼ばせてもらい、口調も幾分か砕けていた。

「えー、もう帰っちゃうの?」

「もう少し遊ぼうよー」

私が帰り仕度を始めると、子ども達が腹や腕を引っ張り、必死に阻止しようとする。

「ほら、なまえを困らせるんじゃない、また来るから。」

子ども達を私から引き剥がすと、子ども達の頭を撫で乍ら優しい表情で言う織田作さん。
また…また私も、来て良いのだろうか。不安に思い織田作さんをチラリと横目で見る。
其れに気づいた織田作さんは子ども達にしたのと同じ様に、私の頭を撫でた。

「なまえも一緒に、な。」

途端に気恥ずかしくなって、不自然に視線を逸らし赤面してしまった。織田作さんからしてみれば、私も子ども達も大して差がないのだ。
子ども達から盛大な見送りを受け、一階へ降りる。店主に挨拶をして店を後にした。

織田作さんはこれから任務があるという。私はもう家に帰ろうかとも思ったが、もう少し話がしたくて織田作さんの横を歩いた。

「私が貧民街にいた頃、丁度同じくらいの子ども達と一緒に暮らしていたの。
皆、身寄りがなくて、子ども達だけでなんとか一日を乗り切る日々だった。」

私の歩幅に合わせて歩いてくれる織田作さんは、黙って話を聞いてくれた。

「中でも肺を患っている子がいて、頻繁に咳き込んでも、辛いとか苦しいとか言わない子で。
病院に行かせてあげられるだけの力はなかったけれど、できるだけ栄養のあるものを食べさせてあげたくて、食べ物をかき集めるのだけれど…あの子、殆ど妹にあげちゃうの。不器用だけれど、優しい子だった。
無力で何もしてあげられていないのに、私に懐いて、よく後ろをついて歩いてたなぁ。」

「ちゃんと伝わっていたんだろう、なまえの優しさが。」

織田作さんが何気なく言った一言が、私の心の中にあった氷みたいなものを一気に溶かした。
そんな急に、こんな感情、対処しきれない。
私は歩くのを止め、手で口を覆う。
別に誰かに憐んでほしかった訳でも、褒められたかった訳でもない。
どうやら私は、認められたかったようだ。
誰でも良かったんだと思う。
正解が欲しいのではなく、理解してくれればそれで。

織田作さんは、少し進んだ先で立ち止まり振り返る。
ぽろぽろと涙を溢す私に、一瞬戸惑ったようだったが、両手で優しく抱き締めてくれた。

「太宰が前に、女性が泣いていたら、抱き締めると良いと言っていた。」

「ふふ…ありがとう、でも誰にでもはやらない方がいいと思う。」

照れ隠しに忠告しつつ、織田作さんの優しさに甘えて胸を借りた。
洗濯洗剤と煙草の匂いが仄かに香った。


2020.02.23*ruka



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*confeito*