◆ レイ・チャールズによろしく哀愁 参


近くに停めてあった中也の車に乗せられる。
その間、無言。
中也自慢の外車からは洋楽が流れていて、無言の車内で唯一の救いだった。

この曲知ってる、レイ・チャールズのHit The Road Jackだ。

何気なしに女性コーラスを口遊む。
すると、中也がレイの男性パートを唄った。
女性がもう二度と戻ってこないでと繰り返し、男性が冗談だろう?という。
簡単に言うとそんな唄。
単純に言うと別れの唄。

「………なんで、太宰と一緒に居たんだ。」

中也が運転をし乍ら静かに問い掛ける。
昨夜の様な怖さはなかった。
そういえば、太宰さんは一体何の用があったのだろう。

「…太宰さんとは、仕事の話しかしてない。」

「手を握られ乍ら仕事の話をするのか手前は。」

尤も過ぎて謝ろうとしたけれど、もういいんだった。
返事はせずに、流れる車窓へ視線を向ける。
すると直ぐに耳を引っ張られた。
痛い、何、なんで。

「無視すんな。大体、手前は隙が有り過ぎンだよ。
だから太宰につけ込まれて、手を握られたり、心中しようだの何だの言われたりだなァ」

今までと変わらず私を心配する中也がいた。
もう、いいのに。

「ありがとう、中也。でも、もう私の事、心配してくれなくていいよ。」

解放された耳が少しじんじんする。
すると、今度は頬を抓られる。
これもまた痛い、なんで。

「何処に自分の女が他の男と一緒に居て、然も触られてるのに平気な奴がいるんだよ。
相手があのクソ太宰なんてもってのほかだ。」

やめてほしかった。これ以上は惨めになる。
耳と頬と、左半分が甘く痛む。

こうやって中也に叱られる事がしばしばあった。
中也が嫉妬したりする事が少し嬉しくて、中也には悪いと思いつつ幸せだった。

「今の唄じゃねぇけどよ、冗談だろ。」

中也が何に対して冗談かどうか聞いているのか解らなかったけれど、少なくとも、私は本気で決心したのは確かだ。
先送りにしては余計拗れるだけ。

「私、中也にも樋口にも幸せになってほしいって、本当に思ってる。
二人とも大好きだから。」

「待て、なんでそこで樋口が出てくる。」

何故か少し焦ったような中也が不思議だったが続けた。

「察しが悪いから、いつから二人に我慢させてたのかは解らないけれど、もう大丈夫だから。」

「いやいやいや…待てって。」

「もう、お別れしよう。」

中也が急ブレーキを踏んだ。
シートベルトをしていなかったらフロントガラスに衝突してた。
何事かと思い、中也を見た、次の瞬間。

頭を思いっきり引き寄せられて強引に口付けられる。
驚きのあまり薄く開いた唇は、中也の舌の侵入をあっさり許し、濃厚なものへと変わる。
軽い混乱をしていた私は息が上手くできなくて、意思と反して甘い吐息が漏れる。
此処、道路の真ん中だとか、クラクションがたくさん聞こえるとか、そんなのどうでもよくなるくらい中也の熱に蕩けそうだった。

「今の言葉取り消せよ。取り消せねぇなら一生この儘だ。」

選択肢はなかった。
こくりと一度頷くと、中也は満足気な表情で「いい子だ」と触れるだけの口付けを落とし離れていった。
何事も無かったかのように車を発進させる。
未だ混乱の中を彷徨う私を、上機嫌な中也が笑う。



目的地に着いたのか、車が停車する。
今度は道路の真ん中ではなかったから安心した。
目の前には中也の瞳と同じ色をした、綺麗な海が広がっていた。

降りるよう促され、車外へ出る。
潮風が気持ち良かった。

近くに来いと手招きする中也に近寄ると、優しく抱きしめられる。
応えるように背中にそっと手を回したら、中也は腕の力を少し強めた。

「手前は本当に莫迦だ。」

急にディスられて驚きの声を漏らす。
それを少し笑って中也は続けた。

「勝手に勘違いして、勝手に別れるとか言い出して。
なまえには振り回されっぱなしだ。」

軽く溜息を吐いて私の頭を撫でた。

「………ごめんな。」

頭を撫でる手も、謝る声も、全てが優しくて、全てが愛しい。
こんなにも離れ難い。

我儘が許されるなら、この最愛の人を手放したくない。

背中に回した手に力を込める。

「言っておくが、樋口とは仕事以外の関係は一切ない。
俺が守りたいのも、独占したいのも、愛してんのもなまえ…手前だけだ。」

そんなこと言われたら、泣くなって方が無理だ。
それでも涙をなんとか堪えようとしている私は、声が出せない代わりに何度も頷いた。

「こっちは手前が世界で一番イイ女に見えるくらい惚れてんだ。
俺から逃げれるなんて思うなよ?」

耳元でこっそり囁かれる。
これ以上は心臓が持ちそうもない。
振り回されてるのはこっちの方だと反論しようと顔を上げる。
その時を待っていたかのように、優しく口付けられる。

「誕生日おめでとう、なまえ。」

「え。」

「あ?」

すっかり忘れていた。
そうか、今日は私の誕生日だった。
さっき太宰さんが言いかけたのって、私の誕生日の事だったんだ。
昨夜の豪華な中也の手料理も、私の誕生日を祝う為だったのかな。

「真逆なまえ、忘れてたのかよ。
こっちが気付かれない様に必死に隠してたのは無駄だったってことか。」

「隠す?何を?」

皆目見当もつかない私が中也を見つめると、照れくさそうに少し顔を赤くして衣嚢を探る。
中也は昨夜と同じ様に手を差し出し、何かを求めてきた。
握手、じゃないだろうから、またスマホ?
まぁでも仕方ないかと思い、衣嚢からスマホを取り出して渡す。

「は?」

「え?」

違ったらしい。
スマホを衣嚢に戻すと手首を掴まれた。
中也が衣嚢から取り出した小さいものが、キラリと光って私の右手中指にはめられた。
一粒のダイヤが輝いていた。

「今は邪気払いだ。特に太宰からのな。」

右手を海へとかざし、輝きに見惚れる。

「ありがとう、中也!宝物にする!」

嬉しくて満面の笑みで中也にお礼を言ったら、中也も嬉しそうな表情をしたから、更に嬉しくなった。
右手の角度を何度も変えて、飽きずに輝きを眺める私の左手に、中也が不意に触れる。
それに気付き中也を見ると、中也も真っ直ぐ私を見つめていた。
少し恥ずかしく思えたが、目を逸らせなかった。

中也は私の左手をそのまま口元へと持ち上げ、口付けをしようとした。
なに、この既視感。

「あ、待って。それだと太宰さんと間接接吻になるよ。」

中也の動きが止まる。

「…手前は邪気払いの前に、教育が必要だな。」

中也は途端に不機嫌になり、私の両頬を思い切り抓った。

「い、いひゃい…!」

「帰って消毒な。」

両頬が解放され、両手で摩っていると、トドメのデコピンを喰らう。
頬も額も痛いのに、表情は笑顔の儘だった。

「中也、機嫌直して?」

ムスッとした頬に口付けると、中也の口角が上がった。
効果はあったみたいだ。

「ばーか、そこじゃねぇだろ。」

両手で腰を掴まれて、唇に口付けを受ける。
喧嘩もたまになら悪くないかもしれない、なんて言ったらまた怒られるかな。


+α1

2018.08.07*ruka


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*confeito*