◇ 次なんてないから


「とは言え、何も賭けないというのも少し味気無いと思いませんか。
折角太宰くんとチェスができるのです。ぼくが負けたら帰るというだけでは。」

太宰が駒を並べる手を止めた。
するとフョードルは、太宰が並べたクイーンの駒を手にして笑う。

「なまえさんを賭けましょう、そうしたら太宰くんもやる気が」

「興醒めだ、今日はもうチェスはやらない、帰ってくれ。」

太宰はフョードルの言葉を遮り、険しい表情を向けた。
然し、向けた先の表情は少しも変わることはなかった。

「え、あれ、なに、どうしたの?」

そこへ間が良いのか悪いのか、花瓶を抱えたなまえが戻ってきた。
病室内の只ならぬ雰囲気にたじろいでいる。
なまえが太宰をチラリと見ると、ふっと視線を下に向けられてしまった。
不思議に思いつつ、窓辺に花瓶を置き、花の向きを微調整する。
フョードルは並べたばかりのチェスの駒を仕舞いながら言った。

「なまえさん、申し訳ありません。
太宰くんを怒らせてしまったようなので、先にお暇させてもらえます。」

来たばかりだというのに、もう帰ってしまうのかと、なまえは些かがっかりした気分だった。
そんな様子に気付いたフョードルは、鞄にチェス盤を仕舞い込んだ後、なまえに手を振る。

「近いうちに、また。次はもっとお話をしましょう。」

「"次"なんて要らないよ。」

答えたのはなまえではなく、不機嫌そうな太宰だった。
手を振り返すなまえは、苦笑いしかできなかった。


2019.07.31*ruka



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*confeito*