杯戸シティホテルを出て、同じ傘の中に入って歩く。ホテルの中で繋がれた私の左手は赤井さんと繋がれたままだ。赤井さんは左手で傘を持っていて、持ちにくくはないのだろうか。手を離す様子が見られないから、気にしてないようには思えるけど。
「…さっきのこと、あんまり気にするなよ」
私に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、赤井さんが呟いた。同じ傘に入っているから、距離が近いからこその声量だったのかもしれない。それか、聞こえなくてもよかった、ということだろうか。
「あんまり気にしてはないですけど…」
「心地よかったものではないだろう」
「まぁ、どこまで知っているんだろうとは思いましたけど」
さすがに私がこの世界の人間じゃないということまでは知らないようで。人にホイホイ話す人ではないけれど相手が相手だからもしかしたら、という気持ちがあったので安心したのは確かだ。
「いつかはバレる可能性があることですし、赤井さんが気にする必要ないです」
「それでも、危険は少ないに越したことはないだろう」
しとしとと降り続いている雨が、徐々にゆるやかになってきている。家に着くまでに止むことはないだろうが、小ぶりにはなってくれるのではないだろうか。
FBIと深く関われば、"私"という存在が組織に気付かれる可能性がある。情報が一切ない、異質な存在だ。組織は徹底して調べてくるだろう。赤井さんはきっと、それを恐れている。
「言ったじゃないですか。私は貴方になら利用されるだけでも構わないって」
「そんなつもりはないがな」
「知ってます。赤井さん、優しいですもん」
長いこと一緒にいたわけではない。でも、こっちの世界に来てからは赤井さんだけが私の信頼出来る人だった。彼が優しいってことぐらいすぐにわかる。
「大丈夫ですよ、組織に捕まりそうになったら舌噛みきって死んでやります」
「それは、頼もしいな」
「あ、でもジンには生で会ってみたいかも……」
はぁ、と隣からため息を吐くのが聞こえた。私の言葉に若干呆れたようだ。最も、実際にジンに会ったら萎縮して何も出来ないのだろうけれど。バーボンならまだ大丈夫だろうか?いや、でも笑顔で『僕悪い男なんですよー』なんて言われたら髪を毟り取りたくなる気がする。
「…どうした?」
「いや、何でもないです。私は、赤井さんから拒絶を感じない限りは離れませんよ」
「ホォー…。じゃあ、俺が拒絶をしなければ一生側にいると?」
「そういうことですね」
悪乗りしてきた赤井さんに笑いながら返す。そのまま談笑しながら話していれば、家に着いた。家に着いてようやく傘をたたむために繋いでいた手を離された。
赤井さんの視線を感じつつ、私は家の鍵を開ける。扉を開けて赤井さんに中に入るように促すと、赤井さんは再び私の腕を掴んで引き寄せる。そのまま家の中に入って扉を閉めた瞬間、彼は私の後ろから右手で私の視界を奪って左手で顎を持ち上げるようにして上を向かせた。
赤井さんの右手で塞がれた視界は真っ暗で、わりとがっしり固定されている。ただわかるのは、なんとなくではあるけれど赤井さんの顔が私のすぐ近くにあるであろうということ。
「Verlass meine seite nicht.」
耳元で囁くように言われた言葉に息を飲む。聞きなれない言語は、英語やイギリス英語のものではない。
(どこの国の言葉、だろうか)
どこか冷静な自分の頭。赤井さんに訊こうと口を開くも、親指で唇をなぞられる。まるで、言うなとでも言うように。
一体どれだけの間そうしていたのだろうか。すごく長く感じたけれど、それはすごく短かったのだろう。私を離した赤井さんは、含みのある笑みを浮かべながら私の髪に口づけた。
「Verlass alles.」
私の唇を拭った赤井さんの親指には塗っていたリップクリームがついていて。聞きなれない言語を口にしながら目の前の彼は私の唇を拭ったのと同じように自分の唇へと押し付けた。
2014.07.01
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