赤井さんの腕から開放され、赤井さんは半ば手を押し付けるように私の頭をぐしゃぐしゃに撫でて慣れた様子でリビングの方へと歩いて行った。私はというと、今頃になって羞恥心がこみ上げてきて思わずその場に座り込んだ。
(心臓に悪い……!!)
残念ながら私は前の世界では男性経験は豊富な方ではない。むしろ少ないほうだろう。そんな中、イケメンへの耐性なんか無に等しいわけで。うるさく鼓動する自分の心臓をコレはただの吊り橋効果だと自分に言い聞かせ、両手で頬を叩く。
「…よし、大丈夫!」
私はそう呟いて立ち上がり、赤井さんのいるリビングに向かった。
+ + +
夕飯を食べて、後片付けも済ませて。赤井さんはリビングのソファーに座ってパソコンを扱っていた。私は特別することがあるわけでもないので、許可を得て赤井さんの髪を扱っていた。枝毛のないサラサラストレートとか女の子の敵ですよ赤井さん。そんなことを思いながら三つ編みにしてみたりしている。そのままゴムで縛ったら怒られそうなのでするだけして解いてはいるが。
「…赤井さん、どのぐらい髪切ってないんですか?」
「ここ数年は、切ってないな」
「男の人でここまで伸ばすって、すごいですよね」
「そろそろ切ろうとは思ってるがな」
「え!?」
こんなに綺麗なのに切るというのか…。あぁでも思い返せば、原作で赤井さんが初登場の時には既に短かったし、切ってそれなりに経つ的な話があったようななかったような…。既に曖昧になりつつある記憶を呼び起こしながら、ひたすら赤井さんの髪を扱う。
「最近はフラれっぱなしだからな。ゲン直しにだ」
「えー…」
そういえば、ジェームズさんにそんなことを言っていた気がする。サラサラと指をすり抜ける髪は、そこら辺の女の子よりはずっといいものだろう。赤井さんがこまめに手入れをするとも思えないので髪質だとは思うけど、羨ましい限りだ。
「もしよかったら、私切ってもいいですか?」
「……………」
今までパソコンを扱って私と視線を合わせることのなかった赤井さんが、疑うような目で私を見る。まともに切れるのか、とでも言いたげである。生身の人間の髪を切ったことはないけれど、ウィッグカットなら何度かしたことがある。シャギーを入れて段を付ける程度なら出来ないわけではない。…専門的に学んだわけではないので、特別うまくはないが。
「大丈夫です、男の人ならスキンヘッドという手があります」
「ホォー……。それは俺にしろということか?」
「失敗したら、ですよ。大丈夫ですって、死にはしませんから」
確か鋏と梳き鋏、櫛等は洗面所にあったはず。そう思ってとりあえず用意するだけは用意してみようと洗面所へ向かう。基本的にセットで使うものなので、全て同じ所に立てかけてあったそれを探すのは容易くて。鋏たちを持ってリビングに戻れば赤井さんは諦めたのかソファーからダイニングの椅子へと移動していた。
「あれ、ホントに切っていいんですか?」
「……ノリノリで持ってきたその鋏は何だ?」
「いや、抵抗されたら大人しく諦めるつもりでしたけど。でも切っていいんなら切りたいです」
「失敗するなよ」
「はーい」
勿体ない、と思いつつ赤井さんの髪に鋏を入れる。
女の人が髪を触らせるのは気を許している証拠、というけれど男の人はどうなのだろうか。
鋏を持って、垂直に鋏を入れていく。スキンヘッド云々言ってはみたけれど絶対に赤井さんには似合わない自信があるのでそれは阻止したい。
「それにしても、結構時間かけてこの長さにしたんですよね?赤井さん、失恋でもしたんですか?」
「お前にフラれた覚えはないんだが」
「フッた覚えもありませんけど。というかその前の段階がないんですけど」
「俺はわりと本気なんだがな」
「は……」
思わず鋏を落としそうになった。目の前の彼は、なんと言っただろうか。本気?それは何に対して?
どうしていいかわからずに固まっていると、赤井さんはニヤリと笑って振り向いた。
「冗談だ、そう本気に取るな」
「……これから先赤井さんとは絶対にこういう話をしないと誓います」
「そもそも、三十代の男が高校生に手を出すのは気が引ける」
「あれ、そういうの気にするんですね」
「世間体があるだろう」
気にしない人かと思ってた、なんて言ったら怒られるだろうか。わりと町中で狙撃とかしてる人故にあまり気にしていないかと思っていたのは事実だ。
床に散らばる赤井さんの長い髪を見て、私は小さく息を吐いた。
2014.07.07
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