受付でパンフレットを貰って、それを広げる。初めて来たけれど、結構広いみたいだ。水族館内のカフェは早めに閉まるみたいで、ご飯を食べるとなったら先にそっちに行ったほうがいいみたいだ。
「先にご飯ですね…。あ、でも秀一さんカフェメニューで足ります?」
「大丈夫だ。足りなければ何かまた頼む」
「ふふっ、有難うございます」
秀一さんに手を取られて、自然に手を繋ぐ。恋人同士として繋がれたその繋がれ方に私が頬を緩めていると、秀一さんがフッと笑った。
「たまにはいいな、こういうのも」
「こういうこと、あんまりしたことないですもんね」
秀一さんの手を握り返して秀一さんを見上げれば視線が合って。たまにしか出来ない恋人らしいことが妙におかしく感じたのは、ここだけの話だ。
+ + +
「わっ…サメがいる…!」
「あまりはしゃぐなよ」
「分かってますよー…」
私が今にも走り出しそうだと思ったのだろうか。秀一さんは手を繋ぐ力を強めた。さすがに繋いだ手を離してまで走りだすつもりは無いというのに。
水中トンネルのようになっているそこには、大きなサメを中心とした魚たちが泳いでいる。
「水族館なんて、何年ぶりかなぁ…」
「前のところでは、行かなかったのか?」
「んー…行かなかったわけじゃないですけど、それこそ恋人がいた頃ですしね」
大学生の頃が最後かな。そう秀一さんに言えば、くしゃりと頭を撫でる。
「どうかしました?」
「…いや。こういうのもいいなと思っただけだ」
「ホントに?」
「まぁ…その男になりたいと思ったのは否定はしない」
「じゃあ、今ここにいる人は別の人になっちゃいますね?」
わざとらしく尋ねれば、秀一さんが少しだけ納得が行かない様子でそれは困るな、と言葉を漏らす。こうやって少しだけ秀一さんを試すようなことを言っても怒らないのは、愛されているからと思ってもいいのだろうか。別に、愛されてないと思うわけではないのだけれど。
「呉羽…?」
「うん?」
「……いや、なんでもない」
何かを言おうとして言葉を閉ざした秀一さんに、私は首を傾げた。
+ + +
「戻りたいと、思ったことはないのか?」
「え……?」
水族館をたっぷりと堪能して車に戻ったとき、秀一さんに尋ねられた。元の世界に、ということなのだろう。少しだけ考えて、でも、私の中で出てくる答えはいつだって一緒だ。
「薄情だって、思われるかもしれませんけど……私は、ここにいたいですよ」
「なら、それでいい」
頭を撫でられて、軽くキスをされる。一瞬のことに何が起きたか分からなかったけれど、すぐに理解して。その瞬間に私の顔が赤くなるのがわかった。
「続きは、帰ってからだな」
私の頬をなぞりながらそう呟いた秀一さんに、私は思わず口元を隠した。
2016.03.22
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