*時間軸は高校1年生の秋〜冬辺り
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人通りのない、薄暗い夜道。空に出ていた月は未だ姿を見せず、恐らくはあの幻がまだ続いていることを示している。
正直な話、呉羽の家に変なものは持ち込みたくない。彼女の家に着く前にこの現象が終わってしまばいいが果たしていつ終わるのか。
(さっきの呉羽は、現世で会おうと言っていた……)
夢幻では、もう現れるつもりはないのだろう。ならば、誰が現れるというのか。
刹那、木枯らしのように冷たい風が辺りを散らす。甘い香りがするのだろうか、と思うもそれはなくて。だが、目の前には空から着地するように子供が現れる。
「……こっちの貴方とは、初めまして」
スカートの裾を掴みながら、丁寧にお辞儀をする彼女。黒髪に、少し癖のある髪なのか、くるくるとウェーブを描いている。10歳前、ぐらいだろうか。
顔を上げた彼女が、ふわりと笑った。
「…あは、やっぱり私の知る貴方より若いのね」
「ホー……」
カツン、と踵を鳴らして彼女が近付く。楽しそうに俺を見上げる彼女は、大人びてはいるがまぁそれなりに年相応な顔だ。
「俺を、知っているのか」
「今の貴方は、知らないよ。でも、今から10年もしないうちに私に会うことになる」
「10年、か。…お前の名前は」
今の姿を知るのは15年から20年後ぐらいかな、なんて指を折り曲げながら数える彼女。名前を知らなければ、呼ぶことさえも出来ない。
だが、目の前の少女は考えるような素振りを見せた後、クスリ、と笑う。
「内緒。教えられないかな。今は、椿とでも呼んで」
「…椿?」
「私、白い椿が誕生花なの。行ったことはないけれど、お母さんが日本生まれの日本育ちだから私も日本の花が大好きなんだ」
桜も紅葉も大好きよ、と言ってよく笑う椿と名乗った女は、仕草がどことなく見覚えのあるような気がした。それが、誰のものかまでは思い出せないが。
ふいに、強い風が吹く。匂いのない、風だけが。その風が吹く方を彼女が向いた。
「……もう、時間だ」
「時間…?」
「お別れの時間。お月様の気まぐれも、もう終わりね」
そう言うと、彼女が空を見上げると同時に彼女の足元が透け始める。呉羽が、そうだったように。
「貴方が私と会っても全然違うから分からないとは思うけれど……未来で、待ってるから」
冷たい風が、辺りを散らす。刹那、辺りが少しだけ明るくなる。不思議に思って空を見上げれば空には月が浮かんでいて。
辺りに、椿と名乗った少女はいなくなっていた。
(緑色、だった)
最後に笑った、彼女の瞳が。
黒髪に、少しクセのある髪。大人びた容姿。名前は、教えられないと言った。
(まさか、な………)
有りもしない未来を想像して自分で笑う。そんなはずがない。
どれ程足止めをされていたのだろうか。この世界では眠っているであろう彼女の家の方角に、脚を動かし始めた。
+ + +
呉羽の家の鍵を開けて、中に入る。そこは随分と静かで、時間も日付が変わった後なのもあって寝ているのだろう。極力足音を立てないようにしながら、呉羽の部屋へと入る。
たまに俺が寝ることもあるベッドの真ん中で、呉羽がぬいぐるみを抱きしめるようにして寝息を立てている。
誰かが人間は寂しいときには何かを抱きしめて寝る人が多いと言っていた気がするが、呉羽もそうなのだろうか。ベッドに腰掛けて頭を撫でてやれば、呉羽の表情が和らぐ。
(……妹みたいだと、思っていたんだがな)
そう、思っていたはずだった。真純と性格は違えど、妹みたいだと。
けれど、今はもう自分の中の彼女の存在は大きい。それは、身内愛じゃないことぐらい分かっていた。
「月の気まぐれも、いいものだな…」
名前も知らない少女。まだ少し先の未来に期待を込めて、口角を上げた。
掲載期間:2015.4.30〜2015.9.24
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