Marguerite

甘えん坊

*ジェイムズ誘拐編より少し後
*2015年バレンタイン

最近は頻繁ではあるけれど、もともと秀一さんは不定期にこの家に来ている。世間がチョコレートだなんだと浮き足立っている中、チョコレート会社の策略に釣られるようにしてあまり甘くないビターチョコレートを使ってフォンダンショコラを作ったけれど、当然都合よくバレンタイン当日に現れるなんてことはなくて。
当日に作ったものだし少しぐらいなら置いていても大丈夫かと置いていたけれど、さすがにそろそろ危ない。このまま置いておいても確実に傷むしかない。小さめのココットに作られたソレは、食べやすい量だ。

(出来ることなら、食べて貰いたかったんだけどなぁ…)

もともと人に上げるものだったものを自分で食べる以上に虚しいものはない。次はもう少し仕事の都合をさり気なく聞いて作るべきだっただろうか、とフォンダンショコラを食べ進めていたとき。

――ガチャリ
小さく聞こえた、扉の開く音。私以外にこの家の鍵を開けられる人はただ一人だ。それは、私がこのチョコレートをあげようとしていた相手。どうしてこうもタイミングが悪いのか…。食べたものを吐き出すわけにもいかず、諦めてフォークを置いて立ち上がる。

「…お久しぶり、です」
「一週間ぶり、といったところか」
「多分そんなところですかね。夕飯食べました?」
「あぁ。たまにはこっちにも帰ってこないとな」

ぽすり、と秀一さんは私の頭を撫でる。私を撫でるこの温もりが好きだ。元の世界にいた兄を、思い出させる。
秀一さんが『そういえば、』と呟いて撫でていた手と止めて反対の手に持っていた紙袋を私に渡す。中を覗けば、中にはピンク色で統一されて可愛くラッピングされた包が入っている。何故これを渡してきたのか理解できずに首を傾げながら秀一さんを見上げれば、フッと口元に孤を浮かべる。

「こっちでは、女から男に渡すらしいな」
「………バレンタイン、ですか」
「あぁ。向こうでは男から女に渡すものだからな。嫌なら好きに処分していい」
「ありがとうございます、嬉しいですよ」

そういえば、向こうでは男の人から女の人に渡すんだっけ。そんなことを思い出して紙袋を抱える。秀一さんは喜ぶ私の反応に満足したのか、私の横を通り過ぎる際に再度頭を撫でてリビングに向かう。
中身はなんだろう、とその場で紙袋の中を覗くと同時に思い出す。リビングには、私の食べかけであるフォンダンショコラがあることを。

「あ、秀一さん、ストップ…!」
「……フォンダンショコラ、だな」

私が止めるのより先にリビングへと入っていた秀一さん。テーブルを見て、食べかけのフォンダンショコラを見つけるのは早かった。温めて食べていたこともあって、私には分からなかったのだけれども外から入ってきた秀一さんには分かる、チョコレートの匂いがあったのだろう。
勘のいい秀一さんはそのフォンダンショコラが何を示すのかに気付いたらしく、無言で私を見ながら返答を待っている。その視線に耐えられなくて、秀一さんに貰った紙袋で顔を隠しながらチラリ、と秀一さんを見る。そこには、案の定意地悪な顔をした秀一さんが立っていて。

「秀一さん、に、作ったんですけど…。お仕事の都合とか聞かずに作っちゃったんで当日に作りまして、ですね…」
「ホー…」
「その…いつ来るのかも分からないですし、日付が経ったのを渡すのも、と思って食べ始めた次第で御座います……」

秀一さんを出迎えるのが遅くなってもどこかに隠せばよかったと思っても後悔先に立たず。秀一さんは『アイツの言う通りだったわけか…』なんてよく分からない言葉を呟きながらココットとフォークが置かれている席の向かい側に座る。

「あの、今度来る日付を教えて貰ったらまた作りますんで…!今回は日付聞かないで作った私が悪いから…」
「いや、これでいい」

食べかけのフォンダンショコラを下げようとココットとフォークを手に取ったけれど、ソレは簡単に阻止された。ココットには少なくはあるけれどフォンダンショコラが残っている。
私は秀一さんに腕を掴まれて動くことを阻まれていて、秀一さんが私を見上げて何も言わない。

「……どうした?"これでいい"、と言っただろう?」

フォンダンショコラとフォークを持っているのは私。秀一さんが掴んだ手はフォンダンショコラを持つ方の手。そして、意地悪な笑みを浮かべた秀一さんが言った言葉。
全てを繋げれば、彼の言いたいことはわかる。

(所謂あーん、というやつですよね……!?)

私を見ている秀一さんが動くことはなくて。でも、この恥ずかしい状態から抜け出すにはもっと恥ずかしいことをしなくてはいけない。半ば諦めてもう冷めてしまったフォンダンショコラにフォークを刺して、おずおずとそれを秀一さんの口元へと運ぶ。すると、それは私の予測通り秀一さんが食べる。
やばい。これは思っている以上に恥ずかしい。

「ビターで作ったのか…」
「甘いの苦手かなって…。お気に、召しませんでした…?」

規定の量よりも砂糖を減らして、ビターチョコを使って作ったフォンダンショコラはかなり甘さ控えめになっているはずだ。もしこれでダメなら来年はもう少し作るものを考えなければいけないだろう。
そんな思惑とは裏腹に、彼は小さく笑みを浮かべて『そんなことはない』と言った。それと同時に、立ったままの私に向けて自身の脚の間を軽く叩く。それは、秀一さんの中でここに座れという合図。大人しく脚の間に座れば、秀一さんはフォークを持っている私の手の上からその手を握って、残りのフォンダンショコラを食べた。

「そういえば、さっき秀一さんが言ってた『アイツの言う通りだったな…』って、どういうことですか…?」

ジョディさんからでも、何かを言われたのだろうか。けれど、しまった、という顔を浮かべているところを見ると多分ジョディさんではないのだろう。ココットとフォークをテーブルに置いて秀一さんの服を軽く掴んで見上げれば、秀一さんは私を見て小さく息を吐いた。

「同期が、な。女の子なら作ってるハズだからさっさと行ってやれと言われたんだ」
「同期の人が、ですか……」

女の人、なのだろうか。女の子のことに詳しい辺りを見ると。ぎゅっと秀一さんの服を握れば、私を安心させるように秀一さんは私の頭を撫でる。

「確かにアイツは女だが…。アイツは俺には興味が無いから大丈夫だ」
「興味がって……」
「まぁ、そのうち会う機会があればわかるだろう」

秀一さんの同期の女性、というのは心当たりがないのだけれど、それは原作には出ていない人なのだろうか。察しのいい秀一さんが興味が無いと言っている以上大丈夫なのだろうけれど、好きな相手が同期の女性から助言されたとなると面白い話ではないわけで。

「……むしろ、危ないのはお前だな」
「え?」
「…いや、なんでもないさ」

ぼそりと呟いた秀一さんの言葉は私には聞こえなくて、聞き返しても秀一さんがそれに答えることはなかった。仕方がないので甘えるように秀一さんに抱きつけば、それを受け止めるように秀一さんが頭を撫でるのでとりあえずはそれで良しとしておこう。

2015.02.18
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