有希子さんが車を運転する間、いっそこのまま工藤家に着かなければいいのにと思っても着くもので。どうか、工藤君が逃げられていますように。
「たっだいまー!新ちゃんいるー?」
やけにテンションの高い有希子さんが、玄関に入るなり工藤君を呼ぶ。あぁ、ついにこの時が来てしまった。あまり妙なフラグは立てたくないというのに何故こうも憚れるのか。すみません私が何かしたんですか神様。
家の奥から足音が聞こえてきて、そこに現れたのはいつもよりラフな格好をした工藤君。有希子さんの後ろにいる私を見て、一瞬工藤君の顔が引き攣ったように見えたのは気のせいだと思いたい。
「さぁて新ちゃん!顔、貸してね?」
「はぁ!?帰って来て早々何なんだ…っていうか何で篠宮がいるんだよ!?」
「午前中に本返しに来て仲良くなっちゃった」
「なっちゃったじゃねぇよ!」
とりあえず私は有希子さんの後ろから工藤君に頭を下げる。やはり工藤君も母親にはあまり強く言えないのだろう。有希子さんの暴走が激しいだけなのかもしれなけれど、工藤君はとりあえず諦めたように状況の説明を有希子さんに求めている。
このまま玄関で立ち話なのも、ということでダイニングに案内される。ダイニングでは優作さんが優雅に新聞を読んでいて、挨拶に頭を下げれば少々暴走気味の有希子さんから座るように促されて座ることにする。
「そういえば、将来新ちゃんのお嫁さんが駄目なら優作の妾ってのはどうかしら?」
「はっ!?」
私が言葉を発するより先に、工藤君が抗議の声を上げる。優作さんが『おや、楽しそうな話をしているね』なんて楽観視しているけれどこの際聞いてないフリをすることにしよう。
紅茶を入れさせられている工藤君は、どういう話でそんな話になったのかを聞き出している。
(…何かいいなぁ、こういうの)
この世界に来て私には"家族"というものがいないけれど、そういえば私も家を出て一人暮らしをする前はいつもこんな感じだったなぁと思い出す。元々仲の悪い家族では無かった。というか、むしろ仲のいい家族だっただろう。
久しぶりに味わうこの空間を噛み締めながら、工藤君が淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。
「ね、いいでしょう呉羽ちゃん!」
「…………すみません、聞いてませんでした」
ほっこりとしていて、つい意識が別の方向に向いていた。素直に謝罪をすれば、有希子さんは優作さんを指さす。
「だから、優作の妾にならないかって話!」
「…本妻としてその発言は如何なものなんでしょう」
「何でそんな話になったんだよ」
妾というものは確か本妻の人が承知しているものであり、隠されるものではないというのがあったはずだ。だからと言って本妻自ら勧めてくるのは果たしてどうなのだろう。
工藤君は私の斜め前の椅子に座りながら、不機嫌そうに有希子さんに訊いている。ちなみに、席順は私の前に有希子さん、有希子さんの隣に工藤君である。優作さんは別のソファーの椅子に座っている。
いきなりそこまで仲良くない(と思う)クラスメイトがそんな話になっていたら不機嫌にもなるだろう。お願い有希子さん、息子さんの不機嫌の理由に気付いて。
「えー?だって新ちゃん呉羽ちゃんのこと「母さん!!」
「コラ、あまり女性の前で怒鳴るものではないぞ」
「あ、私気にしてませんので…」
「それに、うちの愚息が気に入らないなら私はいつでも歓迎だよ。こんな可愛いレディならね」
「えーっと……」
ソファーから私達の座るダイニングテーブルの方にいつのまにか来ていた優作さんに、サッと右手を取られる。さすが海外生活が長いだけのことはある。女の人の扱いが上手い。右手に口付けるかのように口元に持っていく優作さんの行動に思わず関心していると、さすがに収集が着かなくなってきたのか工藤君が本題に入るべく口を開いた。
「母さんは、篠宮のこと気に入ったからわざわざ連れてきたのかよ?」
「あぁそうだった!新ちゃん、呉羽ちゃんに私が変装をさせられるってこと話したんでしょ?呉羽ちゃんがそれを教わりたいって!」
…教わりたい、と直接言ったわけではないのだけれど、そこまで話が進んでいるならば私は止めないでおこう。変装術を教わっていたら確実にこの先使うことが出来る。というか赤井さんに使いたい。後々赤井さんが変装するときに是非とも私にさせて欲しいぐらいだ。
工藤君はそんな話をしただろうか、と頭を悩ませていることに私はコッソリ心の中で工藤くんに謝罪をする。工藤君、貴方はそんな話を私にしてはいません。
「篠宮、俺いつそんな話したっけ…」
「覚えてない、けど…私が知ってるのがその証拠かなぁ」
「あー…」
頭をガシガシと掻きながら、思い出すことを諦めたようだ。本当、工藤君には申し訳ないことをした。けれど納得したようで一息つきながら、有希子さんを見る。
「で、新ちゃんには実験台になってほしいの!」
「……は…?」
顔の前で両手を合わせて笑顔でお願いのポーズをする有希子さんに、断れる人は果たしてこの中にいるのだろうか。工藤君の顔が、意味がわからないとでも言うように引き攣ったけれど、再度見てないフリをしながらとりあえず紅茶を飲むことに専念した。
2014.08.07
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