バサリ、と布が捲られる音がして、それとほぼ同時に部屋をノックする音がした。目の前に横たわるソレを視界に入れないまま、扉の方へと視線を移す。視界の隅で、看護師が持ち上げた白い布を元に戻すのが分かった。まだ現実に直面しなくていいことに少しだけ息を吐いて、ゆっくりと開く扉を見る。
「呉羽……?」
そこにいた人物に、名前を呼ぶ。自分でも、声が震えているのが分かった。
「秀一さん?え、何でここに…」
呉羽も、まさかここにいるとは思っていなかったのだろう。驚いた様子で俺を見上げる。確かに、呉羽だ。病衣を着ているが、不思議そうに首を傾げる姿は、確かに呉羽で。
「きゃっ……!」
呉羽の腕を引いて、抱きしめる。驚いたように腕の中で身じろぎをするが、耳元で名前を呼べば察したのか呉羽の動きが止まる。腕の中に収まるこのサイズも、少し恥ずかしげに服を掴む動作も、ふわりと香るこの匂いも、全部呉羽のものだ。確かに、呉羽がここにいることを感じる。
「呉羽さん、携帯ありましたか…ってうわ!すみません!!」
「あ……す、すみません!あります!」
外から突然聞こえてきた声に、呉羽が身じろいで俺の腕の中から逃れる。現れた刑事は、確かバスジャックのときにも見かけた刑事だっただろうか。呉羽は俺の手の中にあった携帯を取って、刑事に見せる。
「すみません、手違いで荷物ごちゃまぜになったみたいで…」
「いえ、しょうがないですよ。あんな状況だったんで」
騒がせたことに看護師に一礼して、部屋を出る。刑事はまだすることがあるらしく呉羽と少し話した後に俺にも一礼してその場を去る。廊下には俺と呉羽が残され、呉羽は不安げに俺の手を取って握った。
「え…っと、着替えとかあるからって一時的にだけど個室用意されてるんで、行きます?」
「……そう、だな」
このまま廊下で話すよりも、どこか二人になれるところで話した方がいいだろう。手を繋いだまま、大人しく少し前を歩く呉羽についていった。
+ + +
「もしかして、秀一さん警察の人に呼ばれました…?」
「…あぁ。至急杯戸病院に行ってくれと言われて、ここの受付に行ったらあそこに案内された。まだ、顔の確認はしていなかったが、」
「すみません…。買い物してて、目の前で事故が起きちゃって、」
あの人が車にぶつかられて、救急車呼んだけど。そう言って、呉羽は下を向いて自身の病衣を握る。呉羽は大丈夫なのか、と尋ねれば、少しコケちゃっただけです、と苦笑いをされる。その姿が何かいたたまれなくて、抱き寄せる。
「心臓が、止まるかと思った」
「そう、ですよね…。いきなり呼ばれて、あんな状態…」
「怪我は、あるのか?」
「ちょっと擦りむいちゃっただけです。服の血も、返り血…とは違いますけど、応急処置とかしてるときに付いただけですし」
あの服も、刑事さんに言って回収しておかないとダメですね。そう言って、控えめに呉羽の腕が背中に回る。確かに、呉羽がここにいる。その思いに気付いたように、呉羽がここにいますよ、と言いながら俺の背中を軽く叩いた。
「私、あの女の人と一緒に運ばれたから…荷物がごちゃ混ぜになっちゃったみたいなんです。すみません、驚かせて…」
「…頼むから、いなくなるな、」
「はい。私は、秀一さんが嫌って言うまでは傍にいますよ」
俺の背中を叩きながら、呉羽が腕の力を強める。また、俺は無くしてしまうのかと思った。呉羽が、目の前からいなくなるのではと。少しだけ腕の力を緩めて、呉羽の顔を見る。確かに、呉羽だ。他の誰でもない。
「呉羽、」
名前を呼んで、頬に触れる。少し恥ずかしげに顔を上げた呉羽の顔を近付けていく。が、突然の着信にそれは遮られる。
「お仕事、ですよね…?」
「あぁ。悪いな…」
「今、大変ですもんね。コナン君には会いました?」
「あのボウヤか。鋭いな、あの少年は」
人を信じる、いいきっかけになると思いますよ。そう言って、呉羽がクスリと笑う。
(参ったな、)
そこまで、見透かされていたのか。着信はジョディからで、大方ボウヤが戻ってきたのだろう。呉羽も暫くは事情聴取等で病院にいることになるだろう。全部終わったら連絡してくれ、と言って、彼女の頭を撫でて病室を出た。
2016.06.22
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