「明美さんからのメールですか?」
「……知っていたのか、」
「いいえ?雰囲気、ですかね」
秀一さんが、唇に微かな笑みを浮かべる。月が雲から見え隠れする空の下で見るその携帯画面は、明美さんのもの。私はソレを知っているのに、あたかも知らないかのように告げる。触れては、いけないような気がしたからだろうか。
「呉羽」
優しい声色で名前を呼んで、腕を引かれる。私からも秀一さんに抱きついて頬を緩めれば、愛しそうに秀一さんが私の額にキスをする。この腕の中にいるだけで、不安も悲しみも全て穴の空いたバケツのようにすり抜けていく。
「そんな顔をするな。お前は、代わりなんかじゃない」
「知ってます。二人を同時に愛せるほど、器用じゃないでしょう」
私の指先が、秀一さんの頬をなぞる。代わりにされてる、なんて思うことはない。確かに秀一さんは私を好きでいてくれて、抱くときも私を見ている。けれど。
(秀一さんが、明美さんのことを想っていることも知ってるの)
女の恋愛は上書き保存だけれど、男の恋愛は新規作成。そう言ったのは、誰だっただろうか。嫌いになって、別れたわけじゃない。愛せなくなって別れたわけじゃない。きっと、秀一さんは自分でも気付いてはいないけれど確かにそこに恋心はあって。不思議そうに私を見る秀一さんを安心させるように、私は口角を上げる。
「愛しい、って…こういうことを言うんですかね」
「どうした?突然、」
「ふふっ…やっぱり秀一さんが好きだなって思っただけです」
私が引き止めるような言葉は、言ってはいけない。それは、きっと秀一さんの重荷になる。
ふいに秀一さんが私の身体を引き寄せて、唇が重なりあう。突然の出来事に最初は何事かと思ったけれど、ほんの少しだけ離れた際に瞼を閉じる。人の温もりを求めるように何度も繰り返されるソレは、徐々に熱を帯びていく。
「ふっ……秀一、さ…」
「……ここから先は、見物料がいるぞ」
「え……?」
離れた唇から紡がれた言葉に、胸がドキリと音を立てる。すぐ目の前にある秀一さんの顔を見れば視線は私の後ろで、ゆっくりとそちらを振り向く。そこには、苦笑いをするコナン君がいた。
+ + +
「……知らなかったのか」
秀一さんが、さも当たり前のように呟く。そうかなとは思ってたけどね、とコナン君が返事をするのを聞きながら私は秀一さんの胸元に顔を埋める。言い知れぬ羞恥の情に駆られながら、秀一さんの服を握る。
「そこまで恥ずかしがることでもねぇだろ…」
「事実を知られたことよりも顔も知らないような人ならともかく小学生に見られたとかホントに無理立ち直れない…!」
まくし立てるように早口で告げた言葉に、コナン君が苦笑いをする。というか、秀一さんがいるから言えないけれどクラスメイトで。どうなの。キスを見られるのはどうなの。
ちらりと秀一さんを見上げても彼はなんてことない顔をしていて。別にキスのひとつやふたつ見られたところで気にしないのだろう。
「呉羽、」
「……やだ」
いい加減離れろ、ということなのだろうか。呆れたように名前を呼ぶ声に、コナン君の顔見れないと駄々をこねて抵抗する。刹那、秀一さんの顔が耳元に近付いてくすぐったさと人前だということに肩がビクリと跳ね上がる。
「呉羽がこのままでいるつもりなら、キス以上のことでもするぞ」
聞こえてきた囁くような言葉を理解するのと同時に、私は勢い良く秀一さんから離れる。秀一さんなら本当にやりかねないところが怖い。
「それでコナン君は何しにきたんだったけ?」
多分頬の熱は引いてないけれど、そんなことは関係ない。多分コナン君は今後のことを話に来たのだと分かっているけれど、、話題を逸らすためにコナン君に話を振る。コナン君もそれを察したのか、それとも話を進めたいのか。ちょっと相談があったんだよ、と言いながら私の後ろの秀一さんを見た。
2016.06.26
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