Marguerite

初めまして

 
なんとなく不安でつけていたテレビのニュース速報で、来葉峠が流れた。あぁ、もう秀一さんは記録的にはこの世の人ではなくなったのかと思いながら流れるニュースを見る。煙が上がるシボレーが、画面に映る。助手席に何度も乗ったから分かる、秀一さんの車。

(生きてる、よね……?)

今回の作戦が原作の通り上手くいくなんて、決まってるわけじゃない。不安はどこまでも拭えなくて、携帯を握りしめる。まだ、秀一さんからの連絡はない。連絡すると、約束したわけでもないのだけれど。

「これ、彼の車?」
「はい…。この車、私も好きだったんですけどね」
「そう…。心配ね、」
「信じては、いるんですけどね」

有希子さんとテレビを見ながらそんな話をしていると、ガタン、と外からの物音。その音に私が最初に気付いて、パタパタと駆け足で玄関に向かう。室内開きになっている扉を開ければ、そこには秀一さんがいて。朝別れたばかりなのに、姿を見た瞬間安堵からどっと涙腺が緩む。

「呉羽、」

秀一さんが私の名前を呼びながら中に入って、扉が閉まる音がする。瞬間、腕の中に抱き寄せられて痛いぐらいに抱きしめられる。布越しに聞こえる、秀一さんの心音。確かに、彼は生きている。

「よかっ…たぁ……」
「悪いな、不安にさせて」

少しだけいつもと違う匂いがするのは、爆発した車の傍にいたからだろうか。ぎゅっと秀一さんにしがみついて、涙を堪える。泣きたいわけじゃ、ないの。
秀一さんも私の気持ちを察してか、軽く背中を叩きながら私を抱きしめる。

「あら、見せつけてくれるわね呉羽ちゃん」
「有、希子さっ…!」
「…初めまして、」

そういえばここは工藤邸で有希子さんいるんだった、と今更ながら我に返って秀一さんの腕の中で身じろぐ。けれども秀一さんはそのままでいい、とでもいうように私を抱き寄せて有希子さんへと挨拶をする。
秀一さんが生きていてくれたことは嬉しいのだけれど、これはなかなかに恥ずかしい。

「呉羽ちゃんが随分と惚気けるからどんな人かと思っていたけれど、これなら仕方ないわね!ふふっ、満足したらリビングまで来て頂戴、変装させてあげるわ」
「お願いします」

有希子さんは楽しげにそう言って、足音が遠ざかる。こういうことをしている場合じゃないと思うのだけれど、と思ったけれど秀一さんは私を離すつもりはないらしい。私の名前を呼んで、唇が触れ合う。

「…これ以上は、お預けだな」

軽く触れ合うだけのキスをして、秀一さんが困ったように笑う。変装するときは私が同席することだってあるだろうし、秀一さんに会えないわけじゃない。私は最後にもう一度、というようにぎゅっと抱きついた。

 + + +

「こんなものかしら?」
「全然面影ないですね…」
「そりゃあ、バレたら変装の意味ないもの」

変装を終えた秀一さん…基、沖矢さんの顔を見る。一番最初から最後まで私も有希子さんに習うようにしながら見ていたけれど、なんとも不思議な感じだ。知っている人の顔が、目の前でみるみるうちに別人に変わっていくというのは。

「変声機、苦しかったりとかないですか?」
「大丈夫だ。少し、変な感じはするが…」
「あ、顔と口調がなんか似合わない…」

秀一さんの首につけられた変声機はスイッチが入っていて、声は沖矢さんのものだ。本当はこの変声機の見た目も目立たないものにした方が何かあったときには便利なのだろうけれど、暫くは首元を隠すことでなんとかしてもらおう。世の中には皮膚の色に合わせて色が変わる絆創膏なんてものも開発されているみたいだし、そのうち隠せるようになるかもしれない。

「変装するけれど、これだけは止められないっていうものはありますか?一応いろいろ設定は考えてますけど…」
「酒と煙草と…呉羽、だな」
「あら、ラブラブじゃない!」
「最後の私の名前は聞かなかったことにしておきます。出来れば煙草は銘柄変えた方がいいかもしれませんね…。お酒は外では飲みます?」
「俺としては呉羽が切実なんだが…」

組織と同時にFBIの仲間でさえも欺かなければいけないのだから、お酒と煙草はともかくとして私という存在を遠ざけなければいけないというのは理解してくれているのだろうか、この人は。有希子さんが茶化すように言ったけれど、結構切実な問題だ。
煙草は吸うときは銘柄を変える、お酒を飲むときは極力自宅、私に関しては死んだ友人の妹、ということで落ち着いた。同時に私にちょっかいを出すのは構わないけれど私の恋人はあくまで秀一さんなのでそれも前提として。

「でも呉羽ちゃんと沖矢君が知り合いっていうのはいるわよね。変装のチェックとか以外にも万が一のことがあるから沖矢君の家には出入りしてもらうことが多いと思うから」
「そうですねぇ…。あ、でもあんまり頻繁に変装解いたら駄目ですよ」
「あぁ、分かってる」
「それと、何があるか分からないから極力沖矢さんの状態を心がけてくださいね?」
「…努力しよう、」

これは中々大変そうだ、と思いつつとりあえずはこれで一段落だろうか。家の手配はもう済ませてあるし、今からでも木馬荘に戻ればいい。ちょっと、時間は遅いけれど。

「じゃあ沖矢君、呉羽ちゃんは送って上げてね!」
「えぇ、勿論」
「……何か楽しんでません?」

あらやだバレちゃった、なんて可愛らしく言う有希子さんはいいとして、隣のこの男はどうなのだろうか。後にわりと乗り気で姫なんていうセリフを言うだけに小さく息を吐いた。

2016.07.13
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