Marguerite

知人として触れる距離

 
真っ暗な夜道を、沖矢さんと歩く。確かに隣にいるのは秀一さんなのに、顔と声が違うから頭では分かっていても別人のようだ。

「多分、後でジョディから連絡が来るだろう」
「……沖矢さん、口調」
「すみません、」

まだ口調は慣れていないのか、私の話していると時折素の口調で話しているときがある。早く慣れて欲しい気持ちもあるけれど、それだけ私に気を許していくれているということでもあるだけになんとも言えない気分だ。

「大丈夫ですよ、ちゃんと泣きますから」
「あまり、泣いてほしくはないんですが…」
「ふふっ、嘘泣きですから。有希子さんに教えてもらいました」

結構いざというときに使えるんですよ、というと、沖矢さんは困ったように息を吐いた。確かに使えることは多いけれど、秀一さんの前ではあまり使うことはないだろう。喧嘩したときとかは、使えそうだけれど。

「でもやっぱり、一緒に寝る人がいなくなるのは寂しいですね」
「っ、すまない、」
「沖矢さんのせいじゃないですよ。このことには、私も賛成ですから」
「私に、すればいいんですよ。死んだ人間なんて忘れて」
「私は、死ぬまで秀一さん一筋ですよ」

後追い自殺なんて、してあげませんけど。そう言ってクスリと笑えば、沖矢さんが口角を上げる。ちょっとした仕草に見える秀一さんが、少しだけ恋しくなった。

「ねぇ沖矢さん。今日は少し、肌寒いですね?」
「仰せのままに、」

今はもう真っ暗で人もいないから、少しぐらいなら許されるだろうか。そう思って言った言葉を沖矢さんは理解して、私の手を取る。恋人ではなくて、普通のつなぎ方だけれど。
こういう遠回しの言葉を理解しているのは、私が一番最初に遠回しの告白をしたからなのだろうか。

「あーあ、なーんで私沖矢さんのこと好きにならなかったのかなぁ」
「今からでも、遅くはありませんけど」
「ふふっ、駄目。さっきも言った通り、秀一さん一筋ですもん」
「私は、貴方一筋なんですがね」
「ご冗談を」

他に護る人がいるでしょう?わざとらしくそう彼に告げれば彼は小さく息を吐く。この人は、哀ちゃんを護らなきゃいけない。護るべき相手だと、思っている筈。

(明美さんのことがなくても、そうなんだろうなぁ……)

組織に狙われた小さな少女。護らなければ、彼女の命が危ない。秀一さんはもう二度と護れるものを失いたくなくて。離れていた間に失ったものを埋めるように傍にいようとする。

「不安、ですか?恋人と離れることは、」
「信じて、ますから。全く不安にならないと言えば嘘になるけれど、それ以上に秀一さんは私を愛してくれてるって知ってます」
「……とんだ告白だな、」
「それは、秀一さんだって同じでしょう?雪が止まないな、なんて」

ピクリ、と私の手を握る秀一さんの指が動く。起きていたんですか、と小さく呟いた言葉に口角を上げる。今は、秀一さんが生きてる。それだけで私はもう十分だ。

「月は綺麗だけれど、遠いです」

私の家の前に着いて、脚を止める。動きを止めた秀一さんは、繋いでない方の手で私の頬に触れる。いつもの秀一さんの動作なのに、顔を見上げれば沖矢さんで。少しだけ、複雑な気持ちになる。

「触れるのは、駄目ですよね」
「私に触れていいのは、秀一さんだけです」
「でも僕は、諦めませんよ」

繋いでいた手が、離される。私の家の中か沖矢さんの家の中でならば素の声で話せるのだけれど、あまり何度もそれを繰り返せば沖矢さんが秀一さんだと疑われてしまう。

「良い夜を、」

そう言って帰る沖矢さんの背中を、私はただ見送った。

2016.07.20
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