コンコンコン、と部屋をノックする音が響いた。その音によって今にも服を脱がされそうだった手は止まり、視線は扉の方へと向く。
「……入れ、」
「失礼します。今、例の男と電話が繋がっておりますが……」
「代わる。……貴方は、ここにいてくださいね」
私が何もしないように釘を刺すように、彼はそう言った。そして部屋の出入口で携帯電話を受け取り、それに応じる。相手は、秀一さんなのだろうか。私がジッと彼を見ていると、彼は視線に気付いたらしくおもむろに携帯をスピーカーに切り替えた。
「お久しぶりですね、赤井君」
『呉羽を、どうした?』
「おやおや、数年ぶりだというのに、久しぶりの挨拶がそれですか。無事ですよ、今は……ね」
『目的は何だ?』
いつも以上に低く、怒気を含んだ声。聞いたことがないその声色に、下唇を噛み締める。身体を起こして、電話を続ける彼を見る。椅子に座って口元に笑みを浮かべる彼は、随分と楽しそうだ。
「君には、随分とお世話になりましたからね。それを返そうかと思いまして」
『呉羽を狙う必要はないだろう……!?』
「貴方には、私と同じことを味わってもらいたいだけですよ。大事な人を目の前で奪われる、その絶望を」
ブツリッ、と容赦なく通話が切られて、秀一さんの言葉が切断される。彼と秀一さんの間に、何があったのだろうか。本当に部下だったことがあるのか、それさえも嘘なのか。分からないまま、私はここにいる。
「適当に、くつろいでいてください。今のところ貴方に危害は加えません」
「え……?」
「と言っても、この部屋からは出られませんがね」
この人は、私をどうにかするつもりは今のところ無いらしい。気が変わったのか、それとも何か別のことをするのか。どちらかと言えば後者な気はするけれど、手を出されなくなったことに安堵して息を吐く。正直、秀一さん以外の人に手を出されることがあんなに気持ち悪いとは思わなかっただけに、有り難い。
「貴方は、何をしたいの……?」
「何を、ですか…。聞いたでしょう?私は、あの男に絶望というものを知ってほしいだけですよ」
目の前の男が、ベッドの方を向けた椅子に座る。足を組んで私を見る姿は、やけに楽しそうだ。口元に笑みを浮かべるその姿に、虫唾が走る。
「秀一さんの、部下だと最初に言いましたよね?それは、本当ですか?」
「さあ?貴方は、知らなくていいことですよ。大丈夫です、例え貴方を殺しても……向こうで、すぐに彼と会えますよ」
この人は、自身の手で秀一さんを殺せると思っているのだろうか。当たり前だけれど、これは原作には無い話。ここで彼が死ねば、全てのことが狂っていく。私は死んだとしても、秀一さんには生きてもらわなければいけない。
(ここで、舌でも噛み切る……?)
今ここで私が自害をしたとしたら、秀一さんは無事にいられるのは確かだ。それが、最善の策でないことはわかりきっているのだけれど。
ただ、舌を噛み切るというのは必ずしも死ねるわけじゃない。ただ痛みに苦しんで、それで助かったならば意味はない。
「今のところ、殺すようなことはしません。見張りはいますが、くつろいでいて構いませんよ」
男はすることでもあるのだろうか。それとも時間が時間だからなのか。椅子から立ち上がって、見張りと入れ替わるように外に出た。見張りが中にいる、ということはそれこそ舌を噛み切ろうにも難しいだろう。
(どうするべきかなぁ……)
ベッドにボスン、と転がって天井を見上げる。あの電話に出た秀一さんの声は、確かに秀一さんだった。沖矢さんじゃ、ない。今秀一さんが本来の姿で外に出るというのは、それだけリスクがある。
(どうするのが、正しいの……?)
気絶させられて眠っていたはずなのに、訪れる眠気。あの男に飲まされた薬は、睡眠薬だったのだろうか。そんなことを思いながら、私は再度意識を落とした。
2016.09.03
back