「あんまり覚えてなくてすみません…」
「いや、仕方ないよ。結構変なところも多い事件みたいだから気をつけて」
「はい。有り難うございます」
一通り今回の誘拐の件は話して、さすがに秀一さんが絡むようなことは伏せておいた。どうやらあの男の人も捕まってはいないらしい。秀一さんに絶望を味あわせたいと言っていたけれど、それがどういう意味だったのかは私には詳しく分からないし秀一さんは一応死んだ人間ということになっている。変な矛盾が生まれるよりはいいだろう。
また何か思い出したら連絡してください。そう言って高木刑事が家を後にする。扉を閉めて、とりあえずその場に座り込んで大きく息を吐いた。
「随分と疲れたみたいだな」
「疲れました…。どこまで話していいか分からないし…」
「別に全部話しても良かったぞ。あの男なら、今頃国外逃亡だろうしな」
「捕まえなくて、良かったんですか?」
「今は、野放しにしておく。アイツの目的は俺だ。変に動いて俺が生きているとバレても困るしな」
秀一さんが私の目の前にしゃがんで、くしゃくしゃと頭を撫でる。巻き込んで悪かったな、と少し困ったように笑う姿になんとも言えず、ぎゅっと秀一さんに抱きつく。
「もっと、自分の身ぐらい自分で守れるようになりたいです」
「とんだじゃじゃ馬娘だな」
「そのじゃじゃ馬娘が好きなくせに、」
「お互い様だろう?」
秀一さんの手が私の頬に触れて、唇が顳かみに触れる。私の手も秀一さんの頬に触れて、秀一さんから触れられることを受け入れる。そんなとき。
「赤井さん、呉羽姉ちゃんどうだった……あ、」
「………死にたい」
「死ぬなよ」
「死なないけど…!」
なんでこうも秀一さんといるとコナン君が現れるのか。苦笑いをするコナン君を見れば申し訳無さそうにしていて、さっき秀一さんとコナン君が来たら窓から云々話していたから本当にそれを実行したのだろう。抱きつく前に先に聞くべきだったか、と思ったけれどもう遅い。
「コナン君が来たってことは、変装道具一式が届いたってことでいいかな?」
「あー…うん。持ってきたよ。僕邪魔そうだから帰るね…」
「ダメ。詳しい状況知りたいもん」
「赤井さんに聞こうよそこは…」
「素直に教えてくれると思えない」
「よく分かってるじゃないか」
秀一さんの言葉にコナン君が苦笑いをしながら息を吐く。私が思った通り秀一さんは詳しい状況を話すつもりは無いらしく、コナン君から聞き出すしかないだろう。
とりあえず秀一さんは沖矢さんに戻ろうか。そう言いながら、変装道具を取りに行った。
+ + +
「なるほどねぇ…」
空港であの男の人に会ったときに声をかけてきた人。それが、有希子さんだったらしい。何をしているんだあの人は、と言いたいのを堪えて、どうしてわざわざ変装をして空港にいたのか。私も秀一さんも知った仲なのだからそのままいてもいいだろうに。
「俺もそれが気になって聞いたら、『あら、だって恋人同士の久しぶりの逢瀬よ?邪魔しちゃ悪いけど気になるじゃない!』だとよ」
「あー……」
わざわざ蝶ネクタイを使って有希子さんの声で言う辺り、さすがだ。有希子さん若いなぁ、と思いつつ苦笑いを浮かべる。確かに有希子さんならやりかねない。秀一さんのことを秀ちゃんって呼ぶぐらいには気に入ってるし。
「沖矢さんはこんなものかなぁ…。コナン君、大丈夫?」
「おー、上達してるな」
「有希子さん直伝ですから」
まぁ工藤くんから聞いたということにして半ば無理やり習わせてもらったのだけれど。秀一さんに沖矢さんのときに使っているメガネを渡して、かけてもらえば完成だ。我ながら中々上手くなったものだと思う。勿論、秀一さんも自分でするのに上手くなっている。元々手先が器用なのだろう。
「じゃあ僕帰るよ。変装見届けたしね」
「ん、有難う。一人で帰れるよね?」
「おー」
沖矢さんの前で猫かぶりしなくなったのはいいのだろうか。そんなことを思いながらも沖矢さんも気にした様子はないので家を出て行くコナン君を見送って沖矢さんの元へと戻る。
「随分、あのボウヤとは仲がいいんだな」
「今は沖矢さんですよ」
「二人きりだからいいだろう?」
俺としては、もう少し赤井でいたかったんだがな。そう言ってフッ、と笑う姿を見て、沖矢さんに抱きつく。見た目は沖矢さんでも、こうして抱きついたときの身体や匂いは赤井さんのものだ。顔さえ上げなければ、沖矢さんじゃなくて秀一さんに抱きついたのと同じこと。
「どうした?」
「秀一さんがそういうこと言うと、私まで仲良くしたくなっちゃうじゃないですか」
「また変装をし直せばいいだけだろう」
「他人事だと思って…」
ぎゅっと秀一さんに抱きついて小さく呟けば、秀一さんが優しく私の頭を撫でる。私だって秀一さんに甘やかされたいし求められたい。けれど、変装しているときはそういうことをしないという約束をしている。
「ベッド行くか?」
「だめ。私昴さんの料理食べたいです」
「お預けは、得意じゃないんですけどね」
「本当に好きなものは、長く待った方が美味しいでしょう?」
沖矢さんの背に回していた腕を緩めて、頬に触れる。沖矢さんの顔も好きだけれど、私としてはやっぱり秀一さんの顔のほうが好きだ。次に秀一さんに戻るときには、うんと甘やかして貰っておこう。
「料理はあまり得意ではないので、教えていただけると有り難いのですが」
「勿論」
煮込み料理が生煮えになったら困るもんね?そう彼に告げれば彼は困ったように私の頭を撫でた。
2017.3.1
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