学校のお昼休みにこっそりと鞄の中で開いた携帯には、メールの着信があった。秀一さんから送られてきたそれを開いて確認すれば、今日は戻れそうにないという文。それは別に珍しいことじゃなくて、いつものように秀一さんに返信をして携帯を鞄に戻そうとした。けれど、そのとき携帯の右上に表示された日付に気がついた。
(5月13日、かぁ……)
少しだけ、今日は戻ってほしかった。なんて、送ることは決してないのだけれど。寂しい、なんて言う勇気は私にはない。あまり一人にはなりたくなかった今日は、どうしようか。そう思って、私は携帯の電話帳を開いた。
+ + +
「で、泊まるの?」
「さすがに無理なら帰りますけど」
「一応僕彼女いるんだけどな」
「私も一応恋人いますよ」
「…………うん、」
その相手が誰かなんて、目の前の彼には言わなくても分かる。というか、私も目の前の人物の恋人は知っている。多分、気にしてるのはそこじゃないのだろうけれど。
自分の兄が妹と同い年の未成年に手を出したというのは、笑って祝福出来るものでもないのかもしれない。
「いいよ。僕も暇してたしね」
「ふふっ、有難うございます」
秀吉さんは諦めたのか、そもそもあまり気にしていないのか。上がって、と言って私を家の中へと上げる。何度か来たことがあるここは、私の避難所のようになっているような気がするのは気のせいだと思いたい。
「にしても、兄さんってホントに手出したの?」
「うわぁ何ですかその質問…」
「真純と同い年のコと付き合うなんて想像してなかったし、気になるところだよ。あ、そこ座ってて」
「はーい」
秀吉さんに言われた場所に、おとなしく座る。秀吉さんとは携帯でときどきだけど連絡を取っているし、たまにだけど会うこともある。秀一さんと何かあったら真っ先に行くのもここだ。多分、秀一さんにはバレてるけど。
お茶を淹れてくれている秀吉さんを眺めていると、視線に気がついたのか彼は苦笑いをしながら私を見た。
「あんまり見られると、やりにくいんだけど」
「人が何かしてるのって、見たくなりません?」
「気持ちはわかるけど、ね」
秀吉さんは自分と私の分のお茶を持ってきて、向かい合うように座る。こういうところで手際がいいのは秀一さんと違うなぁ、と思いながらお礼を言ってカップを受け取る。秀一さんも手際が悪いわけじゃないのだけれど、慣れていない感じがあるのはやっぱり経験の差だろうか。
「それで、今日は喧嘩?」
「いや全然。今のところ普通ですね」
「珍しい、喧嘩じゃないのに来るなんて」
「13日の金曜日って、なんとなく嫌じゃないですか?それに、仏滅ですし」
「あぁ…。そういえば今日そうだったね」
じゃあ、今日は兄さん家に戻らないんだ。そう言って、秀吉さんが笑う。泊まる気満々で私がここに来た時点で秀吉さんも何かあるのかと察していたみたいだけれど、まさかそんな理由とは思っていなかったらしい。カレンダーを見ながら小さく呟く。
「まぁ、でもたまにはいいんじゃない?兄さんが帰ってきたときどんな反応するかは見てみたいよ」
小さく笑う秀吉さんを見て、私もですね、と同意を述べた。
+ + +
「呉羽はいるか?」
「さすが、お見通しだね」
丑三つ時を過ぎた頃、ソファーで眠った呉羽ちゃんの為に部屋を暗めにした状態で僕は詰将棋をしていた。その中でやけに響いて聞こえた扉の音。誰か、なんて分かっている。その音で呉羽ちゃんが目を覚まさなかったことにほっと息を吐きながら玄関に出れば、兄さんの姿。挙句、わりと久しぶりに会うのに口を開いて一番に出た言葉がアレだ。
「呉羽ちゃんなら寝てるよ」
「だろうな。起きてるとは思えん」
「にしても、どうしてだと思う?喧嘩もしてないのに呉羽ちゃんがここに来た理由」
兄さんを家に上げて、部屋へ通す。兄さんはさぁな、と小さく呟いてソファーで眠っている呉羽ちゃんを抱え上げて、そのまま額にキスをする。大事にしているのなら、それをもっと全面に出せばいいのに。
不器用な兄に笑みを浮かべて、僕は口を開く。
「13日の金曜日で仏滅だから、だって。あんまり寂しがらせたら駄目なんじゃない?」
「かもしれんな、」
呆れたように口角を上げて笑う兄に、こんな風に笑ったのはいつぶりだろうかと思う。いつまでもこの二人が一緒にいられればいいのに。そう思う反面、呉羽ちゃんは面倒な男に捕まったな、と息を吐いた。
2016.05.13
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