Marguerite

可愛い人


秀一さんが、熱を出した。人間なのだからそれは誰にだってあるだろうし、特別不思議なことじゃない。ただ、秀一さんが体調を崩すというのはちょっと珍しいかな、ぐらいのことだ。熱を出すことに至っては、だけれど。

(私も学校休むかな……)

起きたときは秀一さんが熱を出しているなんて思っていなかったから制服には着替えたけれど、熱を出した秀一さんはどうやらいつもより甘えたらしい。ベッドに腰掛ける私のお腹に抱き着くようにして回された腕をそっと撫でれば離す意思が無いと言うように手を握られた。

(せめてお粥とか作りたいんだけどなぁ……)

体温を計り終えるのとほぼ同時に意識を手放した秀一さんは次に起きたときには食事と水分を取ってもらって薬を飲んでもらいたい。そうなると今から消火によさそうなものを作ってしまいたいわけで。
ベッドの横に置かれているうさぎのぬいぐるみを取って、お腹に回されている腕をそっと外す。途端、秀一さんが抱き着くものを探すように身じろいだのでうさぎのぬいぐるみを押し付ければ少し眉根を寄せつつもそのぬいぐるみに抱き着いた。

(可愛い……)

恋は盲目、なんていうやつだろうか。普段なら絶対に見ることは出来ないであろううさぎのぬいぐるみに抱き着く秀一さんの姿に、暫くそのまま観察したい衝動に駆られつつ携帯を取り出す。そして設定でシャッターの音が出ないようになっているのを確認して、携帯を秀一さんに向ける。全て可愛すぎる秀一さんが悪いんだ、私は悪くない。

 + + +

ベッドサイドのテーブルに持ってきたトレイを置いて、秀一さんの顔にかかっていた髪を払いのける。不謹慎であることは分かっているけれど普段あまり血色の良くない顔をしているだけに頬に赤みがあるのが少しだけ新鮮に思えた。

「呉羽、」
「あ、起きました?」
「学校は、」
「休みました。お粥食べれます?」

ゆっくりと身体を起こす秀一さんの額に触れて、体温を確認する。まだ熱は下がっていないようで、秀一さんの目もどこかぼんやりとしているからいつもより食欲は無いだろう。じっと私を見る秀一さんにどうかしたのかと首を傾げて見れば秀一さんがおもむろに私の身体を引き寄せてそのままベッドに転がった。

「えっ…と、秀一、さん?」
「5分でいい、このままでもいいか…」
「どうぞ…」

ぎゅ、と胸元に顔を埋めて腕の力を強められる。自分もそうだけれど熱が出たときは妙に人恋しくなるから秀一さんもそれなのだろうか。わりと長いこと一緒にいるけれど甘やかされることはあっても甘えられることは少なかった。

(可愛い、なぁ……)

右手で秀一さんの髪を撫でながらもう片方の手を背中に回す。子猫が親猫に甘えるように擦り寄る姿はどこか新鮮だなぁ、なんて思いつつふいに頭を過ったことに髪を撫でる手を止めた。
私は熱を出した秀一さんを見るのが初めてで。熱が出るとやけに甘えたになるということを知ったのも今日が初めてで。私と会う前は間があるとはいえ明美さんが恋人だったわけで。その前はジョディさんで。多分ジョディさんと付き合ってた時期と明美さんが付き合っていた時期というのは明いている期間が少ない。そのときは彼女らに甘えていたのかもしれない。けれど、問題はそこじゃない。

(子どもの頃とか恋人がいなかった頃ってどうしてたんだろう……)

特に、前者。小さい頃の秀一さんが人恋しくてメアリーさんに甘えてたのだとしたら何それ可愛すぎませんか。いっそ叫ばせてくれ、ぐらいの衝動を抑えつつ頭の中で秀一さんが今現在甘えてくるのを見てさらに頬が緩む。待って、今秀一さんに起きられたら顔が駄目だ顔がにやけてる。

(後でメアリーさんに秀一さんの子どもの頃の話でも聞いてみよう……)

好きな人が可愛く見えるようになったら取り返しがつかない、なんて聞いたことあるけど多分もう私いろいろと駄目だな、と緩む頬を隠すように口元を隠しつつ秀一さんを抱き寄せた。

2017.03.20
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