あ、そろそろ秀一さんの仕事キリが良さそう。書類を広げた机の前に座る秀一さんの背中を見てふとそう思い、席を立ってキッチンでコーヒーを淹れる。視界の端で秀一さんが背伸びをするのが見えてコーヒーを淹れて正解だった、と頬を緩めながらトレイにコーヒーの入ったカップを置いて持っていく。
「あぁ、悪いな」
「お仕事お疲れ様です。凄いですね、全部英語」
「まぁ……場所が場所だしな」
机の上に置かれている書類は、秀一さんの仕事上仕方がないことなのだろうけれど全部英語だ。私自身あまり英語が得意な方ではないだけにパッと見ても意味が分からないから秀一さんもこれだけ無造作に置いてはいるのかもしれない。
「あ、秀一さん」
「何だ?っ、ん」
「ふふふー。奪っちゃったー」
後ろ手に持っていたくまのぬいぐるみの口を秀一さんの口に押し付けて、キスをさせる。パンダのぬいぐるみを持っていないのが悲しいところだ。秀一さんは一瞬何が起こったのか分からなかったのか、ぽかんとしていたけれどすぐに何をされたのか理解したらしくフッ、といつもよりも表情豊かに笑う。
「奪われたからには、取り返さないとな」
ニヤリ、といたずらっ子のような笑みを秀一さんが浮かべて、腕を引かれる。カラン、と持っていたトレイが床に落ちる音が耳に響いて、けれどもそんなことを気にしているよりもソファーに押し倒された私の視界は天井と秀一さんの顔。頭の横に肘を付かれて、近付いてくる秀一さんの顔。まさかの事態にぎゅっと目を瞑って身構える。
(……あれ、)
視界を閉じる寸前まで秀一さんの顔が近づいてきていた筈なのに何をされるわけでもなくて、恐る恐る瞼を開ける。視界に入ったのは、いつの間にか奪われていたクマのぬいぐるみにキスをする秀一さんで、その瞬間にそういうことかと理解して手で顔を隠しながら声にならない声を発した。
「奪ったのは、コイツだろう?」
「あー………もうやだ」
「それとも、」
こうやって返される方がよかったか?そんなことを言いながら顔を隠していた手を取られ、口元にぬいぐるみが触れる。キスをさせるように触れたぬいぐるみを手に取って秀一さんを見れば口角を上げるだけで何をするわけでもないらしい。
「……意地悪」
「知ってただろう?」
「そうですけど、」
私に覆いかぶさったまま頭を撫でてくる秀一さんは笑みを浮かべたままで、私が秀一さんに腕を伸ばせば秀一さんは手のひらにキスをした。してほしいのは、そこじゃない。上半身を起こして、自ら秀一さんの唇を塞ぐ。軽く触れるだけのキスをして、顔が赤くなったのを隠すように再度ぬいぐるみを秀一さんの唇へ押し付けてそっぽを向いて、口を開く。
「奪っちゃった、」
私から秀一さんにキスをすることはされる回数に比べたら圧倒的に少なくて、未だに慣れないところがある。ちらりと秀一さんを見れば秀一さんはぬいぐるみを取ってテーブルの上に置いて、待っていたと言わんばかりに私の唇を塞ぐ。軽く体重をかけられて私の身体がソファーに沈んで、逃げるなと言わんばかりに指を絡ませて手を繋がれた。
「んんっ……待っ、」
「誘ったのはそっちだろう」
キスがしたい、だなんてことを思ったのは否定しないけれどこのまま流されていたらされるであろうこととは違う。角度を変えて唇が何度も触れ合って、熱に落とされていく。何度、キスをしただろうか。秀一さんの唇が離れて、ふっ、と息を吐いて見上げれば秀一さんの指先が私の唇をなぞる。
「もっと触れさせてくれないか」
「……どこまで、ですか」
「息抜きは大事だろう」
「全然息抜きじゃ無いんですけど…!」
秀一さんが私の耳にキスをした後に私の名前を呼んで、甘えるような声色にドキリと胸が音を立てる。少しだけ口角を上げてじっと私を見つめる萌葱色の双眼から視線を反らして、視線を彷徨わせれば秀一さんは痺れを切らしたのか私の額にキスをした。
「無言は、肯定と捉えるぞ」
「キスだけ、なら…」
「それで、呉羽が我慢出来るならな」
それはどういう意味なのか。それを尋ねるよりも先に唇を塞がれて、言葉は吐き出すことなく消える。何かを言おうとしても唇が離れたと思うのと同時にまた触れて、熱が帯びて行かないのを祈りつつ秀一さんの首に腕を回した。
2017.04.16
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