Marguerite

鴨葱


スマホの画面をタップして、数字の羅列を表示させる。少し悩んで、意を決して発信をしてみる。が、ほぼワンギリのような形で通話を終わらせる。いくら今日本が日付が変わる直前で、アメリカにいる秀一さんは午前中だとしても電話は急すぎる気がする。緊急の用事があったわけでもない。

(でも、寂しいなぁ……)

あの組織の事件が片付いて、秀一さんを含めたFBIの人たちはアメリカへと戻った。それによって私と秀一さんは遠距離恋愛となったわけで、秀一さんが沖矢さんとして日常生活をしていたときよりもずっと会うことが減った。それこそ私が長期間の休みにアメリカに行くか、秀一さんがまとまった休みを取れたときに日本に来るかだ。会うのは数ヶ月ごとで、普通に考えたら今まで会う頻度が高すぎただけなのだ。

「いっそ会いにいってやろうか」

土日休みで祝日も休みなのは学生の特権だ。年によるがシルバーウィークなるものが日本にはある。ちらりとカレンダーを見て口角を上げた。

 + + +

はろー、はろー。アメリカまで一人旅しました呉羽です。アメリカ時刻ただ今午前2時日本でいう丑三つ時です。真っ暗な部屋の中、私は秀一さんのベッドの中にいます。鼓膜を揺らすのは熱を帯びた吐息と艶めかしい水音。さてここで問題です今私はどういう状況でしょうか。

「っ、は……、」

秀一さんに組み敷かれて仲良くしてる?違います。秀一さんの浮気現場?ノンノン、それだったら私多分拳銃自殺考えます。目の前で拳銃自殺したら一生引きずるよね永遠に記憶に残るって素敵。
ここでヒント。鼓膜を揺らす吐息は秀一さんのものです。答え。ベッドに腰掛けるか寄り掛かるかしている秀一さんの自慰の音を聞いている。

(死にたい)

多分この状況を知った秀一さんの方がそう思うのだろうけれど。オカズにされているのが自分なことが嬉しいやら悲しいやらという状況である。ちょっとだけ秀一さんの脳内で私がどうなっているのか怖いモノ見たさはあるけれど。
そうだアメリカに行こうなんて京都に行こうみたいなノリと勢いで来たわけだけれども無論アポなしである。どうせなら驚いてもらいたいよね、なんて思ってまだ夕方のうちに秀一さんの家に乗り込み徹底的に驚かそうと靴もキャリーも隠させていただいた。で、秀一さんの匂いがするベッドに潜り込んでそのまま寝ていたところ気付いたら秀一さんが自慰を始めてしまい今に至る。敗因は頭まですっぽり布団の中に潜ったことだと思う。

(恋人が自分をオカズに自慰をしてる場面に居合わせるとは中々貴重な体験では)

何度も身体を繋げたことがあるし秀一さんに誘われてしたこともある以上人に比べて強いかどうかは置いておいて性欲があるのは知っていた。まさか自慰をしているなんて思ってはいなかったけれど。

「は……っ、呉羽、」

色欲を含んだ声色で名前を呼ばれて、顔を抑える。色っぽいですごちそうさまです秀一さん自慰してるけど。普段秀一さんとするときにこうして熱っぽく名前を呼ばれるときは私の方がいっぱいいっぱいで余裕が無いからこうして冷静に聞くと秀一さんの色気半端無い。
肩で呼吸をする音が聞こえてきて、熱を放ったのかと冷静に思う。さて私はどうしたものか。今布団から出たら確実に聞いていたことがバレるからやっぱりここはもう一回寝て

「みぎゃっ」

詰んだ。いきなりかけられた体重に思わず声が出た。多分秀一さんはベッドに腰掛けて自慰をしていたのだろう。一息ついてそのまま後ろに倒れたら私の身体があって、全くもって予想していなかった私は変な悲鳴が出た。何も知らずに上に乗った秀一さんは微動だにしない。逆にそれが怖いしぶわりと全身の毛穴が開いた気がする。

(やばいどうしよう無理)

ふ、と身体にかかる重みが消えて、ポスポスと布団越しに触れられる。まるで、そこにいることを確認するかのように。もうこれは逃げられないから腹括るしかない、と思った瞬間、バサリと布団が捲られて布団の温もりが消える。秀一さん側に背を向けて転がっていた私を見て秀一さんは大きく息を吐き腕を引いて視線を合わせようとした。けれど悪いことをしたのが見つかった子どものように私はふい、と視線を逸らす。

「……呉羽、」
「な、なんでしょう……」
「来てたのか」
「聞くつもりはなかった…デス」
「まぁ…そうだろな」

ぐい、と腕を引かれて抱き寄せられ、秀一さんの頭が私の肩に乗る。そのままもう一度大きく息を吐かれて私は固まったまま秀一さんの服をぎゅっと掴む。

「疲れから、勃つことがあるんだ」
「はぁ……」
「そのままにしてたら勝手に治まるんだが、正直抜いた方が早い」
「へー……」

生憎そういう状況になることがないのでピンと来ないのだけれど。それとも決して普段はしていないという言い訳的なアレソレなのだろうか。どっちにしろ秀一さんが私をオカズに抜いたことに変わりはないのだけれど。

「だが、」
「え」

ぐい、と体重をかけられて私の身体がベッドに沈む。あぁ、私コレ知ってる。食べられるって言うんですよね。

「まさか鴨が葱を背負ってくるとは思うまい」

あ、詰んだ。覆いかぶさって私を見下ろす秀一さんは熱を帯びていて、私は諦めて受け入れることを示すように秀一さんに腕を伸ばした。

2018.1.9
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