近くで鳴り響いた電子音に目を覚ました。けたたましい機械音が部屋に鳴り響いている。もぞもぞと身体を動かしつつ重い瞼を開けて辺りをを見回してもまだ外は暗く、薄暗い部屋の中で時計を見ればまだ5時前だった。なんでこんな時間に、と電子音を放つ携帯に手を伸ばせば表示されているのは日本にはいない友人。ホームステイもさせてもらった、私の友人。転がったまま携帯を扱って、電話を通話へと切り替えた。
「……ましゅみ、」
『もー!遅いよ!』
舌が回らないまま受け答えをすれば、携帯からは大きな声。元気なのはいいことなのだけれども寝起きに大きな声というのは中々に来るものがある。まだファンヒーターがタイマーで起動するまでにも時間があるから部屋の中は薄ら寒い。布団から出るのは無理だと判断して私はもぞりと布団の中に潜り込んだ。
「こんな朝からどうしたの……」
『え?』
「……日本、朝。5時、なってない」
『……ごっめーん!時差忘れてた!」
電話の向こうで笑いながら言う真純は相変わらずだなぁなんて思いながらイギリスは夜だから仕方ないかと息を吐く。アレならかけなおすけど、と少し申し訳なさそうに言われて大丈夫だよ、と返事をする。ちょっと眠気で返事がしどろもどろなのは見逃してほしい。
『来週からそっちの高校に転校することになったから、呉羽には連絡しておこうと思ってさ』
「へぇ、転校……」
『もー!反応薄いなぁ!久し振りに会えるっていうのに」
『……転校?』
「そうだよ!」
そうか、真純が転校してくるのか。回らない頭のまま心の中で復唱した瞬間、その言葉の意味に気付いてぱちりと目を覚ます。真純が転校をしてくる、ということは。
「日本に住むの?」
『暫くはね。ママのこともあるし』
「っていうかメアリーさんどうやって入国するの……」
『まぁそこは色々と』
ハハ、と苦笑いをする真純の声を聞いて察する。私子どもだから分かんないや、なんて思ってもないことを考えつつ真純から話を聞く。便の関係で真純だけ先に日本に来て、ホテル生活。メアリーさんが日本に来てもホテル生活なことに違いは無いけれど一週間ぐらいは一人とのことだ。私の家に泊まればいいのに、と言ってはみたもののママがいないしホテルのが色々と便利らしい。主に炊事関係。
「高校は?帝丹?」
『そうだよー。呉羽と同じ学校に通える』
「人数的にクラスも一緒になるんじゃないかなぁ」
『本当か?』
「多分ね。違ったらごめん」
人数的に、というよりは流れ的にだけれども。物事は原作通りに進んでいるから、十中八九同じクラスだろう。イギリス暮らしやアメリカ暮らしが長いせいかスキンシップが多いことに関しては極力控えていただきたいところである。
ひとまずは最低限の荷物でこっちに来てちょっとずつ買っていこうと思ってるから案内してくれよな、と楽しそうに話す真純に頬を緩ませつつ話をする。そんな中。
『……日本に行く理由、なんだけどさ』
真純が、少しだけ言いにくそうに言葉を述べた。あぁ、そうだよなぁ、なんてどこか他人事のように私は思った。私は秀一さんが死んだということを知っているとは限らない。身内であるメアリーさんに連絡があったとしても、恋人ではあるもののあくまで他人である私に知らされているとは限らない。恐らくはそれを思って口を重くしていたのだろう。
「秀一さんのことなら、知ってるよ」
『っ、!』
電話の向こうで、真純が息を呑んだ。真純は秀一さんが生きているということを知らない。だから、私は彼女の前では恋人を失った友人でなければならない。真っ直ぐで前向きで、その姿にまぶしいと思う彼女に嘘を吐き続けるのは心臓が抉り取られそうだ。
(……ごめん、)
嘘を吐くこと。口を閉ざさなければならないこと。罪悪感。諸々を込めて心の中で彼女に謝罪をする。彼女に伝わらない、私のための謝罪。
『僕がそっちに行ったら、教えてよ。呉羽しか知らない秀兄のこと』
「私も、真純しか知らないお兄ちゃんしてる秀一さんのこと知りたい」
『情報交換だ。秀兄の話、いっぱいしよう』
「メアリーさんが来るまでホテル暮らしだけどさ、一泊私の家に泊まろうよ。私恋人の話って出来る人いなくてしたことないんだよね」
『えー?僕でいいのか?』
むしろ真純がいい、というのが本心だろうか。クラスで仲のいい人はいてもどうしてか周りに恋人がいる人がいない。いや、鈴木さんはいることになるのだろうけれど彼女とそういう話をするとなると根掘り葉掘り聞かれそうなので恋人がいるということは知られているもののそういう話をしたことがほとんど無い。
恋人の話がしたい、というよりはもしかしたら私は秀一さんの話がしたいのだろうか。こういうところがカッコイイだとか、ヤキモチ焼きなところが可愛いだとか。
「……でも私、秀一さんのことだからふらっと帰ってくるんじゃないかなって思ってるよ」
『ふらっと、』
「うん。だって、私もだけどメアリーさんも遺体は見てないでしょ?五年ぐらい経ったら仕事で隠れてないといけなかったんだ〜とか言って帰って来ないかなぁって」
あくまで私の願望だけどね。そんなことを真純に言えば、秀兄ならやりそう、だなんて笑いながら同意を述べた。目的のためなら手段選ばないところあるよなぁ、なんて心当たりがあるのか真純がどこか懐かしそうに呟く。これが、私から告げられる秀一さんが生きているというサインだ。まぁ、真実を知ったらどっちにしろ怒られるんだろうけれど。そのときは秀一さんと二人で謝ろう。
結局そのまま二人で秀一さんの話をし続けて、気付けば夜は明けていた。
2019.2.28
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