Marguerite

解けかけた糸

 
『俺に付いて来る、覚悟はあるか?』

赤井さんにそう問われて。無言でいる私の手を取って車に乗せた。そのまま暫く車に揺られて。途中で何度か赤井さんに話しかけようかとも思ったけれど話しかけられる雰囲気ではなくて、私は諦めて無言でそのまま連れて行かれた。
どのぐらい揺られていたのだろうか。連れて行かれた先は、事務所のような建物。中に入れば、随分前に一度会っただけのジョディさんが、私を出迎えてくれた。

「一年ぶりぐらい、かしらね?久しぶりね」
「…こん、にちは…」
「秀、このコに何したの?挙動不審じゃない」
「まだ、詳しい説明はしてないからな。奥の個室借りるぞ」

私の頭を数回撫でて、赤井さんは私の腕を引っ張って個室に案内する。あまり広くはない個室には1つの机と机を挟んで対面するように配置された椅子があった。取調室のように見えるのは、気のせいだろうか。
奥の席に私を座らせた赤井さんは『少し待ってろ』とだけ言って個室を出た。

(何か、変なことにならなきゃいいけど…)

赤井さんの雰囲気からして、あまりいい気はしない。むしろ、嫌な予感がする。
特にすることもないのでボーッとしながら赤井さんを待っていると扉が開いて、その手にはカップを二つ持っていた。

「本当は、ココアでもあればよかったんだがな」
「大丈夫ですよ、コーヒー飲めますから」
「あまり、得意ではないだろう」
「まぁ……」

カップの中身はコーヒーで、差し出されたそれを受け取りながら私と赤井さんは向き合うように座る。カップを持つと暖かくて、どこかホッとした気持ちになった。

「…ある程度の覚悟はしてます。言いにくい、なんて思わなくていいですよ」
「……証人保護プログラムは、知ってるか?」
「私に、それを受けろと?」
「そう、なるな」

証人保護プログラム。赤井さんとここまで深く関わった以上、いつかその話が来るんじゃないかとは思っていた。今までは私が正体自体は危ういけれどもまだ直接的な危険性がないと判断されていたのだろう。けれど、ジンに顔を知られてしまった今はそうも言ってられない。
でも、証人保護プログラムを受ける際には今関わっている人たちと別れなければならないというデメリットがある。

「…ジンに顔を見られた以上、このままだとお前の命の方が危ない。これ以上、一般市民を巻き込むわけにはいかないんだ」
「……もし私がそれを受け入れたら、今こうして関わっている人には、会えないんですよね?」
「……あぁ」

すなわちそれは、工藤君を始めとする人たち全員に会えなくなるということだ。勿論、赤井さんも。
ここで私が証人保護プログラムを受ければ、私自身の安全は保証されるということだ。殺される危険はなくなり、安心して生きていける。

「…赤井さんは、私がこのプログラムを受けるのに賛成しているんですか?」
「……あぁ」
「…そっか」

証人保護プログラムに関しては、赤井さんの方が知っているはずだ。勿論、もし私が証人保護プログラムを受ければ会えなくなるということも。

(近い位置にいると、思ってたんだけどなぁ…)

明美さんには、敵わないとは思うけれども。それでも、私は赤井さんの近くにいると思っていた。でも、コレを勧めてきたということはそういうことなのだろうか。

「……少し、考えさせて貰ってもいいですか」
「あまり、時間は無い」
「いつまでに、返事をすれば…?」
「遅くても、一週間以内に」
「……そっか」

家まで送っていく、と言ってくれたけれども私は港の方にバイクを置いてきた。それに、今の状況で赤井さんと一緒にいる方がツラい。赤井さんの申し出を断って、私は事務所を後にした。
 
2014.08.10
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