世良さんに案内された店のベーグルは本当に美味しくて、アメリカにいる間は是非お世話になっておきたいと思うぐらいのものだった。英語が苦手でイマイチちゃんと言葉が通じなかったけれど、世良さんもいたのでなんとかなった。こっちにいる間に日常会話に困らない程度に英語が喋れるようになりたいとは思うけれど、果たしてどうなるやら。
今はさっき世良さんに案内された店を出て、私はベンチに座っている。世良さんはちょっと寄らなきゃいけないところがあるから、と言ってそれを待っているところだ。先にホテルに帰ろうにもまだこの土地に慣れていない私には厳しい物がある。
(どうしようかなー…)
何か暇つぶしの道具を持っていればよかったのだけれど、生憎私の携帯は日本にしか対応していない。一応持ってきてはいるけれどもネットワークに繋ぐのには少々厳しい物がある。
この世界に来てこんなにもゆっくりするのはいつ以来だろうか。温かい陽気に包まれて、ゆっくりと瞼が落ちていった。
+ + +
(……え、…)
鈍い身体の痛みに、意識が徐々に戻ってくる。瞼を開ければそこは見覚えのない場所で、少なくとも私が座っていたベンチではないことだけは分かる。辺りを見回せばそこは古いビルのようなところで、まず世良さんが運んだのではないだろう。
確かにアメリカの治安はあまりよくないと聞いていたけれども、ここまでなのか。
どこか冷静な頭で考える。手首は後ろで縛られているものの、脚が縛られてないのが不幸中の幸いだろうか。それも、手錠のような硬いものではなくてただのロープ。私の鞄も、近場にある。
這いずるように四つん這いで私の鞄に近づいて、口で鞄を開く。その中から化粧ポーチを取り出し、同じく口で開けて中の物をバラ撒くようにして取り出した。私が求めていたものは、中に入っていたI字カミソリ。小さいといえど、刃物は刃物である。
I字カミソリを手で持って、ぎこちない手つきでロープをこするようにして切っていく。ナイフで少しずつではあるけれど、確実にロープを切る。
(あと、もう少し……)
ブチリ、と鈍い音を立ててロープが切れる。鞄をひっくり返した状態で私を攫ったであろう人が帰ってこなかったのが救いである。とりあえず携帯は盗られていなかったらしく、鞄の中にあったソレをポケットの中に入れておく。
化粧ポーチの中身と鞄の中身を全て鞄に詰め込んで、扉には私の身体の正面を見せるようにしてかつ腕をあたかも後ろで縛られているように見せかけて転がる。
多分、入ってきてパッと見は縛られているように見える筈だ。
タイミングがいいのか悪いのか。外から、人の話し声と足音がする。どうやら相手は男で、話し声からして人数はそこまで多くない様子。ただ、今外にいる人間が私を誘拐した人たち全員だったらだけれども。
話している内容は恐らく英語で、声量的にも私の位置から聞き取れることはない。唯一わかることはここがどこか使われていない建物ということだけだろうか。
ガチャリ、と、扉の開く音がした。人の気配が、緩やかに動く。が、数歩動いた状態で人の気配が動きが止まり、そのまま静止していた。
どれほど、そうしていたのだろう。実際は、そんなに長くはないのだろうが、私にはそれがとても長く感じた。ドクン、と鳴り響く心臓が相手にも伝わるのではないのだろうかと思うほどには、緊張していた。
暫くして、再度ガチャリと扉の閉まる音がする。緊張をほぐすように息を吐いて、目線だけを動かして辺りを探る。人の気配は、無い。
(今確認に来たから、暫くは来ないはず……)
現状を確認するなら、今がチャンス。極力足音を立てないように、でもゆっくりせずに、窓の方へ移動する。窓に鍵はなく、開けることは可能そうである。けれど、問題はその高さ。
恐らくここはビルの3階。建物とは、だいたい1フロアは3m前後。それなら、ここは10m前後といったところだろう。仮に10mだとして、地面に着地したときの速度は約50キロ。
(打ちどころ悪ければ死ぬかもなー……)
でも、窓の下辺り一体には人はいない。扉を出れば、きっと私をここに連れてきた人がいるだろう。だったら、もう答えは目の前だ。
私は窓を開けて、窓の縁に足を乗せた。
2014.09.09
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