Marguerite

傾く音がした

 
自分の横を通り過ぎた少女が、生徒証明書を落とした。落とした本人は気付いていないらしく、すでに人混みの中に消えた後だった。
そのままにしているのもどうかと思い、落ちているそれを拾い上げる。それは随分と真新しく、よく見ればこれを落とした人物は高校1年生で貰って間もないものなのだろう。
本来なら警察なり学校なり届けるのだが、生憎今から仕事だ。届けるのは仕事が終わった後か、明日でもいいだろう。無造作に上着のポケットに生徒証明書を入れて、俺は仕事に向かうことにした。

 + + +

仕事から帰って来て、ふと思い出した落し物。ポケットから取り出してそれを見てみれば、すれ違った際には特に何も思わなかったが随分と年の割に大人びている。最近の子供は、そういうものなのだろうか。
またポケットに突っ込んでしまえばいいのだが、何故か妙にこの人物が気になった。一見平気なフリをして、陰で泣く女を思い出させる。それだけじゃない。何か、とはわからないが何かが引っ掛かる。
普段ならそのようなことはしないのだが、今回は違った。仕事で使うパソコンから生徒証明書に書かれている名前を入力する。普通に生活しているだけの平凡な人間なら、事細かい経歴などは出てこなくともすぐに情報が出てくる。

「これは興味深いな……」

自分の探し方が悪いのか。彼女の情報はどれだけ探しても出てくることはなかった。同姓同名の人物の情報は出てきても、それはこの生徒証明書に映る彼女のものではない。これは、作られたものなのだろうか。……何の為に?まさかあの組織との関係があるとでもいうのだろうか。
一瞬考えたが、奴らがこんな初歩的なヘマをするわけがない。

(接触して、損はない)

一般人なら一般人で構わない。海外から日本に来たばかりということも考えられる。一般人ならそれなりの謝罪をしてしまえばいいだろう。そう考えながら生徒証明書を上着のポケットに突っ込んだ。

 + + +

下校途中の彼女を捕まえて、声をかけた。最初は驚いていたが、状況を理解してからは何かを悟ったように大人しくなっていた。警戒は、していたが。
彼女の反応から何か裏があるのかとは思っていたが、開いた口から出た言葉は『異世界から来た、と言って信じますか?』とのことだった。
普通なら絶対に信じられないであろう言葉。もし組織と何か関係があったとして、それを隠すとしても嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくだろう。
俺の名前やコードネーム、組織の中でも幹部やそれこそFBIしか知らないであろうことをいろいろと話してきた時点で信じるしか選択肢はなかったのだが。

(もし怪しげな動きをした際には、申し訳ないが……)

銃を、向けてしまえばいい。少し怯えたように、けれど真っ直ぐとこちらを見ながら笑う少女に引き金を引きたくないとは思う。けれど、敵になるというのなら俺は銃口を向けるのだろう。
彼女は組織のことも知っていて、推測ではあるが組織の目的も把握していた。また、この先誰に何が起きるのかも把握していると。そして、この世界に来てからはまだ数日。組織には自分の存在はバレてはいないし、何もするつもりがない以上組織から見れば一般市民でしかないと。もしも必要であるならばFBIに助言はするらしい。

信用するには難しい話。だが、車内での彼女の姿は……。

(怯えて……いや、あれは…)

誰かに、必要とされたかったのだろうか。
異世界から来て一人なら。彼女……呉羽はこの世界に独りなはず。誰か、話せる人が欲しかったのではなかろうか。時折、泣きそうな顔をしながら自分を見ていることは感じていた。恐らく、この話をしたのは俺が初めてなのだろう。

2014.06.01
prev|5|next
back
ALICE+