事情聴取が終わったときには、もう既に日は暮れていた。とりあえず、ということで赤井さんと私は私の家に戻ってきていた。そこで、少し気になっていたことを訊くべく口を開く。
「そういえば、いつ私だって気付いたんですか?」
バスに乗ってきたときは、私の方を気にする素振りなんて一切無かった。まるで、興味が無いかのように。
「……癖、だな」
「癖……?」
「考え事をしているとき、左手の指で唇に触れるだろう。それをしていたときに、声をかけた。今もしているだろう?」
「あ、ホントだ……」
赤井さんの言う通り、右手で赤井さんに珈琲を渡しながら左手の指は口許を隠すように触れている。
これはなかなか厄介なもので気付かれたということか。癖というのはなかなか自分では気付きにくいものだ。直すことにも時間がかかる場合が多い。
「それより、俺の言葉は忘れたのか?」
「『Verlass meine Seite nicht.』」
前に、赤井さんに言われた言葉。どこの国の言葉かも分からなかったその言葉は、今でなら意味が分かる。
「自分の傍を離れるなって、言ってくれたでしょう?」
「……意味を、聞いたのか」
もう、一年以上前になるのだろうか。私とジョティさんが初めて会った日に言われた言葉。それの意味だけを信じて、あの言葉を聞かなかったことにしていた。けれど。
「もし赤井さんがあの言葉を忘れて消えろ、と言われたら、消えますよ」
「……呉羽、」
ソファーに座る赤井さんが、私の名前を呼ぶ。赤井さんは自身の脚の間を軽く叩くので、ここに座れという意味なのだろう。私は赤井さんに背中を見せて大人しく脚の間に座る。
「いっそお前がそのままアメリカに行って、帰って来なければそれならそれでよかった。安全な場所で、生活をしているのなら」
「……ん、」
「だが、こうして戻ってきた以上…。もう、手放せそうにないな」
壊れ物を扱うかのように、赤井さんは後ろから優しく私を抱きしめる。ぎゅう、と力を入れて私を抱き締める腕。私は赤井さんの腕の中で横向きに座り直して、赤井さんに抱き着く。
「……生きてる、ね」
「あぁ」
「生きてる」
私のいるこの世界が、原作通りに進む保証なんてどこにもない。常に、それは頭に入れておかなくてはいけないのだ。誰かが、死ぬのかもしれないと。
もっと強く赤井さんに抱きつこうとしたとき、赤井さんは左手で視線を合わせる為に上を向かせた。
「…呉羽、」
熱っぽく私を呼ぶ声。私が両の手で赤井さんの顔に手を伸ばせば、赤井さんは私の左手を手にとって指を絡ませる。
そして、額に、瞼に、頬に、唇に、順番に口付けを落とされる。私の不安を打ち消すかのように、ゆっくりと、優しい口付け。
「……そんな、泣きそうな顔をするな」
「え?」
「どうしていいか、分からなくなる」
子どもを宥めるように、ポンポンと規則正しく軽く背中を叩かれる。その動作に、じわりと涙腺が緩む。それを隠すように、強く赤井さんに抱きついた。
「ホントはね、ちょっと怖かった」
「あぁ」
「赤井さん、居なくなっちゃいそうで」
「……すまない」
突然の赤井さんからの謝罪。それと同時に、痛いぐらいに抱き締められた。
「俺が、お前を離してやれたらよかったのにな」
「離さないでよ。離されたら、私、耐えられないよ」
もう、きっと私は彼無しでは生きていけない。独りになることが、こんなにも怖い。
2015.02.04
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