「あの男は、会場であったのか?」
「あの男って、総司?会場っていうか、体育館の裏で居眠りしてたのを起こした……って、え、赤井さん?」
もともと私は赤井さんの足の間に横向きに座っていて。ただでさえ近い距離を赤井さんが腰を引き寄せることによって身体の距離はほぼゼロになった。そして、腰を引き寄せる右手とは逆の左手は頬に添えられていて、赤井さんの雰囲気はあまり良くなくて。
「総司、な。苗字は?」
「沖田、総司……。嫌、だった?男の子、名前で呼ぶの」
「…まぁ、あまり気分のいいものではないな。…俺のことは?」
「?赤井さん?」
私を見る赤井さんが、小さく息を吐いた。そのとき、半ば私の身体を赤井さんに押し付けるように引き寄せられる。同時に。頬に添えられていた手は髪を掴むようにして顔を持ち上げられる。
(あれ、もしかして……)
私と総司が一緒にいて、ヤキモチを焼いたという赤井さん。総司のことを名前で呼ぶのがあまり気分がいいものではないと。これって、もしかして。
「…秀、一…さん」
自分のことも、名前で呼んで欲しいと。そう、言っているのだろうか。呼んでもいいのか分からなくてそのままになっていた赤井さんの名前を呼べば、赤井さんはまさか呼ぶとは思っていなかったのか驚いたように私を見る。
驚いた赤井さんは何も言わなくて、その沈黙が初めて赤井さんの名前を呼んだという恥ずかしさを煽らせて。
「…って、呼んでもいい、ですか…?」
赤井さんの顔を見れなくて、胸元に顔を埋める。頭上から赤井さんの笑う声が聞こえて、同時に顔を持ち上げられて視線が交わる。
「好きなように呼べ」
フッ、と少しだけ口角を上げて笑う赤井さんは言葉ではそう言っても満足そうで。そのまま額を赤井さんにキスをされる。
「……あ」
「…どうした?」
「えーっと、ですね…」
ふいに、総司に言われたことを思い出す。赤井さん……秀一さん、を、恋人だと、付き合ってるのかと、思っていいのか、という話をしたときのことを。確かに今なら、絶好のチャンスではないのだろうか。目の前に赤井さんがいて、タイミング的にも。
「気になって…っていうか、疑問に思った?というか…」
「ホー…」
「…怒ったら、嫌ですよ?」
「内容によるな」
赤井さんが、意地悪な笑みを浮かべる。顔を見られたくなくて、ぎゅう、と赤井さんに抱きつく。言いにくいこと、だと思われたのだろうか。赤井さんが優しく私の頭を撫でるのを感じながら口を開く。
「私、赤井さんの……恋人、って、思って、いいんですかね…」
「……………名前」
「え、あ、秀一、さん、の……」
まず最初に訂正をするのはそこなのか、と思ったけれども今は口に出さないでおく。何故?と秀一さんに問われて、今よりももっと強く抱きついて、思っていたことを吐き出すべく口を開いた。
「その…ちゃんと、言われたわけじゃない、ですし…。でも、アメリカの方って正式に申し込むって形じゃないって、聞いたことあって…」
「俺は、付き合っていない女にここまでするほど器用じゃない」
「…そう、かも、しれないですけど」
本当は、明美さんの身代わりか何かじゃないかって、思ったこともある。私はあの人程美人じゃないけれど、同じ日本人で。性格とかは似てなくて、似つかないかもしれないけれど、近くにいたのは確かで。
そのとき、秀一さんに引き寄せられて、秀一さんの頭が私の方に乗って、痛いぐらいに抱きしめられる。
「……すまない」
突然の謝罪に、私の身体がビクリと震える。その先の言葉を聞くのが怖くて、秀一さんの腕の中でもがくけれども力は敵わなくて。頬に、涙が溢れ落ちるのが分かった。
「好きだ。…愛してる」
耳元で囁かれる言葉。甘いその言葉に胸が締め付けられそうになって。頬を伝うソレは、止まらなくて。
「何も言わなくても伝わる、なんて思うのは、男のエゴだな」
絞り出したかのように、消えそうな声で秀一さんが言う。ふるふると秀一さんの腕の中で首を横に振れば、宥めるように頭を撫でる。
「こっちを向け」
「…やだ。顔面ぐちゃぐちゃだもん」
抵抗するように赤井さんの胸元にしがみつくけれど、男女の力の差があって。赤井さんは私の顔を両の手で持ち上げて、無理矢理に視線を合わせる。それと同時に熱っぽく名前を呼ばれて、もう何度目か分からないキスをされる。
軽く触れられるだけのソレは、頬や瞼、額、いろんなとこに落とされて。
「…秀一、さん」
「何だ?」
「好きだよ、大好き」
恥ずかしいから、秀一さんみたいに"愛してる"なんて言えないけれど。私の言葉に秀一さんはフッと笑って、また私の口を塞いだ。
2015.03.03
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