Marguerite

後悔がふたつ

 
「それで、誰の指示なんですか」

秀一さんの車の助手席に座って、第一声。結局あの後早々に着替えて準備をして出てきたので、その指示とやらが誰からのものなのかは聞いていない。

「ジェイムズさんとかですか?」

確か次は誘拐される話だったような気がする、と心の中で付け加えながら秀一さんに尋ねると、あぁ、とだけ短く答えた。迎えに行く、ということはやっぱり誘拐の話ならしい。もっと早く知ってたらレオンのぬいぐるみが欲しかった。

(でも、なんで私を呼んだんだろう……)

心当たりがあるのは、証人保護プログラムを蹴ったことだろうか。ジンとベルモットに目を付けられている以上、厄介なのはご尤もなのだけれど。証人保護プログラムを蹴ることになった賭けの発端はジョディさんだし確かジェイムズさんにも話は伝わっていたはず。
いろいろと考えているとき、ふいにジェイムズさんが秀一さんを探すときに"長髪の男"と言っていたことを思い出す。

「秀一さんとジェイムズさん、最近会ってないんですか?」
「どうした?いきなり」
「いや、何か秀一さんを探してるときにジェイムズさんが長髪の男って言ってたなぁって。髪切ったの、随分前ですよね?」
「会ってないからな」

そうなの?と尋ねれば、秀一さんいわく私が証人保護プログラムを受ける話をしたときにジェイムズさんが日本にいたのは本当にたまたまらしく、ずっとアメリカにいたらしい。長期的に日本に行くことになりそうだから、と事前に下見に来たときだったとのこと。
運がいいのか悪いのか、結局秀一さんとは顔を合わせないまま向こうに戻ってしまい長髪のときに会ったのが最後なのだとか。

「秀一さんの長い髪も好きだったんですよねー」
「切ったのはお前だろう」
「本気で切らせてくれるとは思ってませんでしたね」

ノリノリでハサミやら何やらを用意したことは認めるけれども。髪を触れさせてくれるのは、それだけ気を許されてる証拠だと聞いたことがある。うん、あの頃は若かったと思う、それだけで嬉しかったから。

「……どうした?」
「んー…。なんでもないですよー」
「お前がそういう顔をしているときは大体何かあるんだがな…」

苦虫を噛み潰したような顔をしながら呟かれたけれど、気付いてないフリをしながら窓の外を見る。
秀一さんが乗る車は左ハンドルで、左ハンドルの助手席から見る景色とはなかなか新鮮なものがある。ふいに、秀一さんが走らせる車の速度が緩やかになる。どうしたのか、と思いながら秀一さんの視線の先を見れば、少年探偵団。

「哀ちゃんのこと、気になる?」
「……知っていたのか」
「直接話したりしたことはないけどね。守るように、言われてるんでしょ?」
「あぁ……」

少しだけ、言いにくそうに秀一さんが返事をした。確かに、複雑な気持ちにならないと言えば嘘じゃない。でも、哀ちゃんのことを護りたいと思うのは私だって同じだ。
哀ちゃんが、車に気付くのと同時に、秀一さんは車のアクセルを踏み込む。秀一さんも、コナン君たちの言葉でジェイムズさんが誘拐されたことに気付いたらしい。

「……上司が誘拐されたと気付いた感想を」
「……………正直な話、複雑だな」
「ですよね」

どうしても私が聞きたかったこと。上司が誘拐される、なんてことは一般人なら日常では中々起きるものではないだろうけれど、秀一さんは仕事が仕事なので無いことは……。うん、中々ないだろうな。
暫く車を走らせると、それらしいパトカーを見つける。後を追うように車をつけて走行する。多分、前方のパトカーの中でジェイムズさんが口角を上げて笑っている気がする。

「それで、どうするんですか?」
「暫くは泳がせて様子を見る。危なそうだったら、後ろの銃が役に立つな」
「え、撃つの?運転は?」
「出来るだろう、そのぐらい。元の世界では免許持っていただろう?」
「左ハンドルとか初めてですよー…」

日本から出たことが無かった私に左ハンドルなんて触れる機会なんて無かった。普通の車ならまだしも左ハンドルは難易度が高くないだろうか。というか左ハンドルじゃなくてもオートマならまだしもマニュアルなら泣く。基本的にオートマに乗っていたからマニュアルは乗れるけども乗り慣れていない。

(どうか、犯人が変なことをしませんように…)

後ろに積まれているという拳銃が日の目を見ないことを祈りながら、小さく息を吐いた。

2015.03.11
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