Marguerite

始まりの合図

 
工藤君から本を借りる仲になって数週間が経った。この世界に来てからは数か月。ここで初めて分かったことだが、どうやらトリップにはよくあるひと月に一度通帳に多額のお金が振り込まれる、という形らしい。お金に困ることはないと安堵するべきなのか、はたまた誰のものかもわからないお金に恐怖を覚えるべきなのか…。学生で天涯孤独に近い私からすれば、ありがたいことこの上ないのだけれど。
かなりの金額が振り込まれていくからといって際限なく使うのは主義ではないので、うまいことやりくりをしながら自由気ままにやらせていこうと決めたのはまだ記憶に真新しい。

学校生活もだいぶ慣れてきて。相変わらずメインキャラと自ら関わっていくというそんな死亡フラグが立つようなことは避けている。工藤君とは本を借りるときにのみ話すといったところだろうか。毛利さんや鈴木さんとはほとんど話したことがない。あまり思い出したくはないのだけれど赤井さんはあれから連絡を取っていません。ひたすら逃げ続けています。トリップしたことを言ったのだからかかわっても面白かったかな、と思うことは無きにしも非ずなのは認めるけれど。

(どうしてこうなった………)

随分と見慣れてきた米花町を見ながら歩いていたところ。突然掴まれた腕に警戒して後ろに振り返った瞬間にいたのは赤井さんだった。仕事しなくていいんですかFBI捜査官さん。最初に会っただけでそれ以外遭遇していなかったので油断していたのもあるのだけれど神はとうとう私を見放したのだろうか。

「…お久しぶりですね?」
「連絡をくれなかったからな」
「私、まだ死にたくはないんですよねぇ……」

貴方と関わると私が死ぬかもしれないんですよ、なんてことは言えるわけがない。けれどそれらしいことを言って少し遠ざかりたいのも事実。
しかし目の前に立つ彼は私の腕を離す気は無いらしく。むしろ私の腕を引っ張り引き寄せた。…あの、ここ一般道路なんですけど。

「俺の目の届く範囲にいる限りは、お前の安全は保障しよう」
「赤井さん、近いです。ここ一般道路です。人通り少ないのでまだいいですけどいつ人通るかわからないので離れてほしいです」
「そうだな…俺がそばにいないときでも身を守れるよう、截拳道でも教えてやろう」
「すみません話聞いてください」

楽しげに笑う彼の口元。新しい玩具でも見つけた子供のように見えなくもない。あれ、じゃあ私玩具じゃないですかやだー。
というか彼はここまで人の話を聞かない人だったのだろうか。若干キャラが壊れてませんかねぇ赤井さん。

「最近は日本も危ないからな。悪い話ではないだろう?」
「否定は、しませんけど……」

悲しいかな。元の世界にいた頃一番好きだったキャラは彼なわけで。今目の前に立つ彼を"キャラクター"だとは思わないが、顔は好きなので。心配をされて悪い気はしないのだ。というか正直な話嬉しい。

(……人間、諦めが肝心なのかなぁ)

未だ掴まれたままの腕を眺めながら、大きく息を吐く。元々身体を動かすのは嫌いな方じゃないし、運動神経がバツグンとはいかずとも人並み程度にはあったはずだ。確かにこの世界は殺人というものがかなり身近に起きてくる。私が率先して関わろうとせずとも関わってくる事件もあるだろう。また、その際に犯人に襲われないという保証もゼロじゃない。

「私、特別悪くはないとは思いますけど運動神経バツグンじゃないです。身体を動かすのは嫌いじゃないですけど、何か特別な習い事もしたことないし、するのは体育の授業と日課のウォーキングぐらいです」

掴まれていた腕を解いて、赤井さんの手を広げる。拳銃等を使うからだろうか。ところどころに豆が出来て潰れたであろう手。誰かを、護ることの出来る手。

「飽き性だし、極める前に冷めちゃうことも多いです。あんまり束縛とかされたくないって思うし、すっごく面倒な性格だと思います」
「……だったら」

赤井さんが動いたと思ったと同時に私の右手は赤井さんの左手と貝殻繋ぎをされて、空いているもう片方の手で腰を引き寄せられた。目の前に広がる赤井さんの胸板にどうしていいかわからずにようやく私が顔をあげると、赤井さんはそれはもう楽しそうな顔をしていた。

「俺が飽きさせなければいいだけの話だろう?」

2014.06.12
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