Marguerite

スパイラルに飲み込まれて

 
人間諦めが肝心とはよく言ったもので。私が赤井さんと関わらずにいることを諦めて早数日。この世界に友人などがいなかった私の学校以外での話し相手は専ら赤井さんになっていた。
あの日から赤井さんは仕事の関係上不定期ではあるものの暇な時間帯によく私に会いに来ていた。あまり深く考えたくはないけれど、もしかしたら監視の意味があるのかもしれない。もしそういう意味で来ているにしても、変な模索はされないし話したりはするけどただいるだけなので気にしないようにしている。

「赤井さん、夕飯何が…」

ソファーにいる赤井さんに声をかけようとしたけれど、途中で止めた。普段なら座っているのだけれど、今日は転がっていた。もしかして、と淡い期待をしてソファーにゆっくり近づけば、そこでは腕を組んで目を閉じた赤井さんの姿。
赤井さんの仕事は不定期で。夜にあることもあるし、夜からそのままお昼ごろまでのこともある。元々眠りも浅いようで、目の前で眠る彼が爆睡しているのを見たことはない。むしろ、ちょっとした物音で起きたりするほどだ。

(顔、整ってるよなぁ……)

こんなときでないと機会が無い為赤井さんの顔を観察してみる。眠りが浅い為、私が近づいただけで起きることもあった。けれど、今日は比較的深めなようで。私が側で近づいてソファーの横に座ってみても起きる気配は無い。
考えないようにしていたけれど、彼がここまで私に執拗に声をかけてきていたのはやはり私という存在が異端なのだからなのだろうか。他のFBIの人達に知られているのかはわからないけれど、私が組織に近付かないように監視しているように取れなくもない。
未来を知っている、ということは味方ならば心強いが敵になると厄介なことこの上ない。それが組織の手に渡ったとすれば尚更だろう。

「そんな、不安そうな顔をするな」
「……起きてたんですね。あと、見てないですよね」

私は今、ソファーに転がる赤井さんに背を向けて座っている。私が赤井さんの顔を覗き込んだときには目を閉じていたので、私の顔は見ていないはずだ。勘がいい人、というのも随分と困りものである。

「お前に、よく似た女を知っているからな」
「あー…そっか」

完全に目を覚ましたのか、起き上がりながら彼は言った。そういえば、まだ原作の始まってない今"彼女"は生きている。そして、今から動けばもしかしたら救うことが出来るのかもしれない。組織と関わる彼女に対して、私がどう動けばいいのか…。まだ覚えている原作の内容を頭で思い返そうとした瞬間、私の頭に赤井さんの手が乗せられた。

「あまりお前が気負う必要はない。お前は、自分の身を護ることだけを考えていろ」
「それでも、動きたいと言ったらどうしますか?」

原作を変えるのはあまりよくないことだとはわかっている。けれど、今目の前にいる彼はきっと最初こそは利用目的でも彼女を大切に思っていたわけで。私に近づいたのは利用目的かもしれないけれど、独りの私に手を差し伸べてくれた彼を私は大切にしたいと思う。
私の頭を撫でる赤井さんの手の感触が消えたと思うと同時に、身体全体を襲った浮遊感。軽い衝撃を感じたと思った瞬間には、私は赤井さんの膝の上に向き合う形で座らされていた。

「あまり、深く考えなくていい」

私の頬を撫でる赤井さんの手。どうしていいか分からずにただ赤井さんを見ていれば、赤井さんは続けるように口を開いた。

「この先に起こることを知っているというのは、残酷だな…」
「でも、それによって救える命があるのなら。私はそれを見逃したくはありません」

一年後に動き出すであろう未来は、酷く残酷だ。工藤君に組織が絡むことによって始まった縁もあるだろう。けれど、組織によって消される命があるのなら。それを救いたいと思うのはいけないことなのだろうか。

「死ぬような覚悟がある、なんてそんなことは言えません。正直な話まだ死にたくないし、できるなら平穏に生きたいです。でも、目の前で消える命を諦めたくはないんです」
「危ない道を、辿ることになるぞ」
「構いませんよ。未来を知る私を、利用するだけ利用すればいい」

赤井さんは、一瞬だけ目を見開いた。何かを言いたげに口を開いたが、それは言葉にならなかった。私はただ、何かに縋るように私を抱き寄せた赤井さんの服を掴んだ。

2014.06.17
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