Marguerite

羞恥心に駆られる

 
不幸中の幸い、というやつなのだろうか。家に秀一さんの姿はなくて、今なら服などを処分することに支障は無さそうだ。
部屋に入るなり鞄を適当に放り投げて、着ていた服を脱ぐ。切り傷になったところは、服の上から傷になっていた為、傷が出来た時点で服も破けていた。薬局で裏側から応急処置的に安全ピンで止めていたから、外にいる間は目立ちはしなかっただろうけれども。

(着替えるんじゃなくて、お風呂に入ってしまえばいいんじゃない……?)

無造作に脱いだ服をゴミ箱に入れて、別の服を取り出そうとした瞬間に思う。お風呂に入ってしまえばあとは部屋着になるわけで、ついでに包帯を変えたりも出来て一石二鳥ではないだろうか。
今から別の服に着替えれば洗濯物も出るし、むしろお風呂に入ってしまった方が後も楽でいいだろう。そう思うと行動に移るまでは早くて。部屋着や替えの下着などを持ってお風呂場へと向かった。

 + + +

腕を庇うようにしながらお風呂に入り、なんとか傷口をお湯につけないようにすることが出来た。この時期に半袖の部屋着を着るのは中々酷なもので、当たり前のように部屋着は長袖で。部屋着を着るよりも先に庇うようにしていた右腕の包帯等を外していく。

(うん、中々に痛々しい)

赤々としているその傷は、応急処置がよかったのか痛みはほとんど無いけれどかなり痛々しいものがある。
薬局でしてもらったのは湿潤治療という方法で、傷口の上にガーゼを貼るようなものとは違った。今までしたことのない慣れない治療ということと、左手で治療をするということに苦笑しながら治療を進めていく。

(包帯巻けるかな……)

片手で包帯を巻くというのは利き手でも難しいのに利き手じゃない方の手で巻くとなればなかなか至難の業ではないだろうか。いっそ包帯を巻かないでおこうかとも思うけれど、傷口を覆っているのは食品用ラップ。傷口が丸見えな為、ラップを保護する目的も含めて巻かないわけにはいかないだろう。
この痛々しい傷口をどう隠すべきか傷口を見ながら思考を巡らせる。

「呉羽、」

名前を呼ばれたら、人は当たり前のように振り向くものだと思う。何も考えずに傷口だけは隠すようにして腕を下しながら振り向いて、私は後悔する。

「っ、」

私が息を飲むのと同時に、開いた扉が大きな音を立てて閉まった。一瞬何が起きたのか分からなくて何か声を発するよりも先に、視界から消えた。
状況を理解するのと同時に襲うのは、羞恥。自身を抱きしめるようにしてその場にしゃがみ込む。

(見られた……)

傷口は恐らく見られていないだろう。けれど、もっと別の。せめてキャミソールか何かだけは着るんだった、と後悔しても見られてしまったものはもう遅い。多分、扉を開けた秀一さんは、服を着ていない私の姿を、見たのだろう。
普段なら夕方からお風呂に入ったりすることはないし、秀一さんだって多分私がただ脱衣所にいるだけだと思って扉を開けただけ。決して、悪くはないのだけれど。

(さすがにいきなりはヘコむ)

恋人なのだから、いつか見られてもおかしくはない。けれどそんなこと考えたことなんかなくて。
果たしてどんな顔をして秀一さんと顔を合わせればいいのか。そう思いながら服に手をかけた。

 + + +

扉を閉めて、頭を抱えながらその場に座り込んで息を吐く。場所が場所だけにノックをするなり声をかけるなりすればよかったか、と思うも後の祭りだ。
驚いて固まった呉羽の顔が、頭から離れない。驚きすぎて、声すら出せなかった呉羽の顔が。
謝罪も無しに扉を閉めたことに、いまさら後悔をする。恐らく暫くは引きこもるだろう。出てきたときにでも改めて謝罪をしよう。

それにしても、だ。

(一瞬、だったのに覚え過ぎだろう…)

マジマジと見たわけではないのに、しっかりと自分の脳内に焼きついた呉羽の身体。悪戯に触れるのとは違う、明るいところに晒された身体。鮮明に思い出せることに苦笑しながら立ち上がる。

(――…?)

一瞬、自分の中で何かが引っかかった。たった今見た呉羽の身体の、何かが。
気のせいだろうか、と扉の方を見る。刹那、その違和感が何だったのかに気付く。

「呉羽っ…」

先ほど後悔したことも忘れて、脱衣所の扉に手をかけた。

2015.04.24
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