Marguerite

女の子とクマの人形と


「眩しー…」

空に昇る太陽を見上げながら呟く。さすがに私が刑事さんと一緒に行動するのは行動するのが限られるから遠慮してネットカフェで一夜を過ごした。忘れかけてしまっている松田刑事の事件を、調べたかったから。
やっぱりネットで情報が出ているのは概要的なことしか無かったけれど、自分の昔の記憶と照らし合わせればそれなりのものになった。

(でも、やっぱり思い出せなかったなぁ…)

この後コナン君たちが向かうであろう東都タワーのエレベーターに閉じ込められる少女とそのクマのぬいぐるみの名前。クマの名前は原作には出ていなかったけれど、アニメにはチラッと出ていたはず。

(ジャン…いやそれはただの馬面の男の名前だ)

名前を知って特別何かあるわけではないけれど、なんとなく心に引っかかってモヤモヤしている。正直な話、あの女の子をエレベーター内に閉じ込めるのは避けておきたい。閉じ込められたのがあの女の子じゃなくて私なら、コナン君と高木刑事を危険から避けられる。その間に彼らは動けるし、それこそ私がこの世界から消えようと支障はない。それがいいことなのかは、分からないのだけれど。
心のなかで何度目になるかわからない秀一さんへの謝罪をして、視線を東都タワーに向ける。死ぬつもりはないけれどもし死んだら少しぐらい悲しんでくれるのかな、なんて考えてこんなことでしか秀一さんの気持ちを確認することが出来ない自分自身に苦笑しながら脚を動かし始めた。

 + + +

人が賑わうのを見ながら、壁際に人を避けて携帯を眺める。ニュース速報の記事を見ていると、東都中央線の車内を中心とした都内を走る赤い車体の電車から爆発物に見せかけた不審物が見つかったとのことが記載されている。
コナン君がエレベーターに閉じ込められて爆弾を見つけたときのタイマーの制限時間は確か二時間弱。時間的に、そろそろ注意していた方がいいだろうか。
ふいに、視界にエレベーターに一人で向かう女の子が入る。クマのぬいぐるみを抱っこして、背伸びをしながらエレベーターの下に向かうボタンを押そうとしている。
私は手に持っていた携帯を鞄の中に無造作に入れて、その女の子に近づいていく。もう少しで手が届きそうだけれど届かない微妙な高さに、後ろからその子を抱き上げた。

「はい、これでボタンが押せるよ」

きょとん、とその女の子は私を見上げて、嬉しそうに笑いながらありがとう、お姉ちゃんと言ってボタンを押す。人見知りがあるような子じゃなかったことに安堵しながら、ボタンを押したことを確認してその子を下に下ろす。

「お嬢ちゃん、一人なの?」
「うん!ママが真ん中の展望台にいるの!」
「そっか。じゃあお姉ちゃんと一緒にママのところまで行こう」
「うん!」

上がるときはどうやって上がって来たのだろうか、と思いつつ開いたエレベーターの中に入る。背伸びをしてボタンを押そうとしている彼女をもう一度抱き上げてボタンを押させる。小さい子って確かこういうボタンを押すのが好きだったよなぁと思いつつ抱き上げた女の子が閉のボタンを押して扉が閉まり始めたのを見て床に下ろす。
お嬢ちゃん、お名前は?としゃがんで視線を合わせながら尋ねると、朱美っていうの!という言葉に一瞬息を飲む。この子は、彼女じゃないと落ち着かせるように深く息を吸ってクマさんにもお名前はあるの?と笑顔を浮かべて訊いてみる。確か、クマにも名前があったはず。ジャムちゃん、男の子なんだよ!と言われて可愛い名前だね、とそのクマのぬいぐるみを撫でる。

(そうか、そんな名前だった気がする…)

誰だジャンだなんて思ったのは、と思いながら朱美ちゃんと他愛も無い話をしながら真ん中の展望台に着くのを待つ。刹那。

「っ、」

エレベーター内には合わないような音と、激しい揺れ。咄嗟に朱美ちゃんを庇うように抱きしめて、揺れが収まるのを待つ。驚きのあまり泣き始めた朱美ちゃん安心させるように背中を叩きながら、揺れが収まったエレベーター内の天井を見上げた。

2015.05.6
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