気付いてくれないシュウ君可愛い
プロム。それは高校で学年の最後に行われるダンスパーティーのことである。勿論イギリスで生まれ育った私もそれはかつて経験していて、そのときは当時仲の良かった異性と共に行ったことを覚えている。なおその後その異性と何かあったかと言われれば別に特に何も。まぁお互い仲いいし行っておくかな、みたいな感じだったのだと思う。少なくとも私はそうだった。相手が私のことをどう思っていたのかは分からないけれども。
(懐かしい雰囲気ではある、けど)
すん、とシュウと腕を組んだままどこか遠い目をする。私のときはそこまで凝ったことをした記憶がないのだけれど、どうやら最近は学校でするわけではなくホテル会場で行うらしい。いや学校によるのかもしれないけれど。どちらにせよ、シュウ君が通っていた学校は私の母校でもないため完全に部外者である私としては連れてこられた猫のような気分である。
「そんなに緊張しなくていい、誰も取って食ったりしないさ」
「いやほら……私完全に部外者だから……」
「俺もどちらかというとそうなんだがな」
ふ、と笑みを浮かべながらシュウ君が私に告げるも、卒業こそはしていないものの半分はこの学校で過ごしているのだから知り合いばかりだろうに、なんて思う。実際、時折シュウに向けて意味深に笑みを浮かべて手を振って来る男の子がいるだけになんとも言えない心境である。
「そう緊張しなくていい。今日の貴方は誰よりも綺麗だ」
「……シュウ、さらっとそういうこと言っちゃうよね」
「事実、そう思ってるからな」
何か飲むだろう、とシュウ君はまるでパーティ慣れしているかのように私を椅子に座らせ、額にキスを落とす。こうしてみると男女でペアなのは当たり前なのだけれど、やっぱり男女は同い年ぐらいが圧倒的なわけで。最近のコは大人びているから比較的私もシュウ君の少し上ぐらいに見えなくはないだろうか、という雰囲気なのが救いだろうか。
飲み物を取りに行ったシュウ君を見ていると知り合いは結構多いらしく、同級生だと思わしき男子にちらほらと声を掛けられていてそのやり取りを遠巻きに見て頬を緩める。気を許した笑い方は、私と一緒のときよりもどこか年相応に見えた。中には女の子もいて、ダンスに誘っているのだろうか。シュウ君の腕に自身の腕を絡ませる姿も見えてその姿が微笑ましくありつつ、同時に羨ましくも思えた。
(同い年だったら、あんな風に自分から近付くことができたのかな、)
シュウ君が私に好意を向けているわけだけれども、私としてはその気持ちを素直に受け取れないでいるのは年齢によるものが大きい。まだ片手で足りるような年の差だったらまだしも、両手全部の年齢が違うとなれば中々年齢差は大きく感じるわけでどうにもストップをかけてしまうところがあるのは確かだ。
「……可愛いなぁ」
シュウにぴったりとくっ付く、女の子が。恐らくは彼女もパートナーがいてここにいるのだろうけれど、その相手はいいのだろうか。今現在放置されている私が言えたことではないのかもしれないけれども。
女の子に腕を絡められるシュウは特別嫌そうな顔をするわけではないけれど、だからといって嬉しそうな顔をするわけでもない。というか、興味ない、と言いたげな顔をしているのは私の気の所為じゃないだろう。暫くぼんやりとその姿を見ていると、シュウ君の方が面倒になったのだろうか。容赦なく彼女の腕を払って、私の元に脚を向ける。
「すまない、遅くなった」
「んーん。クラスメイトとかいるでしょ? 気にしてないよ」
「……一人だと、退屈だろう」
「シュウ見てるのは面白いかも。私といるときとは違う顔してる」
シュウ君からグラスを受け取って、それを飲みつつ会話をする。一瞬お酒かと思ったけれども一口飲んだそれはジンジャーエールで白ワインっぽく見えるからそれを出しているのかもしれない。同じようにシュウ君が持つグラスの中も、ジンジャーエールなのだろう。手に持つグラスを口に運びつつ、シュウ君は私の隣に腰掛ける。その顔は、どこか不満そうだ。友人といる姿を見られる、というのはあまり慣れないことなのかもしれない。
「他の人たち同士はともかく、シュウは会うの二年ぶりだもの。同窓会みたいなものでしょう?」
「……もう少し、嫉妬ぐらいしてくれてもいいんじゃないか」
「同級生だったらもっと自分から近付けたのかな、なんてことは思ったけど?」
「っ、! げほッ、」
「えーっと、大丈夫?」
噎せたのは、シュウ君。私の言葉が、予想外だったのだろうか。何度か席をした後にシュウ君は頬を染めて私を見る。まるで、私が全く嫉妬なんて感情を持っていなかったと思っていたように見える。私だって人間だから、相手には見せずともそういう感情が付随してくることはあるのだ。不満げに言われたから、答えただけ。
「それは、期待してもいいのか」
「んー、ふふっ、どうだろう」
大人は、臆病だ。だから話を濁すし、曖昧な返事しかしない。心の奥底の気持ちを、見られたくないから。醜い自分の姿を、見せたくないから。
曖昧な言葉を返した私を見たシュウ君が、私の髪を梳く。どうしたのかと思いながら彼の方を見れば、シュウ君は眉根を寄せてどこか苦しそうに私を見ていた。
「……言っただろう。俺は貴方を好きだから、望みがないのならいっそ思い切りフッてくれ、と」
「嫌いじゃ、ないよ。」
「好きでもないか?」
「……相変わらずずるいなぁ」
好きか嫌いかで聞かれたら、好きだ。シュウ君のことは、好き。けれどそれは恋慕なのかをずっと考えている。小さなころから知っているシュウ君。あぁ、そういえばシュウ君のファーストキスは私なんだっけ。少しだけ懐かしいことを思い出しながら、瞼を伏せる。
(私は、どうなりたいんだろう、)
シュウ君に触れられることは、嫌じゃない。さすがに大きくなってからはあまり唇にはされていないけれど、多分されたって嫌ではないだろう。十歳のときにキスをしているときに舌を入れられたなぁ、なんてどこか懐かしく思う。まぁあれも嫌ではなかったのだけれど。
シュウ君が年頃の女の子といるとシュウにそのつもりはないとしてもまぁ人並み程度に妬くぐらいのことはしてしまうわけで。その時点で、答えなんて出てるようなものだ。可愛かったシュウ君が、格好良くなったその姿にドキドキする。
「…………シュウ、」
私が、隣に座る彼を呼ぶ。瞬間、フロアに曲が流れる。プロムというのはそもそもダンスパーティーで、その曲の意図に気付いて私とシュウ君は顔を見合わせる。ふ、と先に笑みを浮かべたのはシュウ君。彼は私の前に立ち、小さく微笑んで私に手のひらを見せるように手を差し出した。
(告げるのは、後ででもいいか)
私はシュウ君の手を取って、立ち上がる。そのまま彼は私の手を取ったまま腰を抱いて、軽やかにステップを踏む。ワルツなら、私も完璧ではないもののある程度は嗜んでいる。恐らくはシュウ君もなのだろう。最初は私の様子を伺うようだったけれど、私が踊れることが分かるとリードしつつステップを踏んでいく。ワルツを踊るのは随分と久し振りなのだけれど、シュウ君がリードしてくれたこともあって久し振りに踊るという感覚もあまり無くて楽しい。
(ダンスって、こんなに楽しかったっけ)
少しだけドキドキと心臓が高鳴るのを感じながら彼を見れば、どちらからともなく笑みを浮かべる。流れる曲に合わせてステップを踏んで、ターンをして。そんなことを繰り返して、やがてダンスが終わる。一曲終わる頃には結構な運動量で、は、と息を吐いてシュウを見上げた。シュウは自身の額と私の額を重ねて、キスでもされそうなその距離の近さにドキリと心臓が跳ねた。
「……ふふ、久し振りに踊った」
心臓が高鳴ることを誤魔化すようにシュウ君に言えば、シュウ君が私の額にキスを落とす。息を飲んで突然の好意に驚愕を浮かべつつ彼を見上げれば、いたずらが成功したかのように不敵に笑みを浮かべて少しだけ頬を膨らませた。どこか、シュウ君のペースに飲まれているような気がしなくもない。
「たまにはいいな、こうして踊るのも」
「踊れるんだね、びっくりした」
「プロムに行く以上こういう踊りは出来た方が便利だからな」
さすがに二曲連続で踊るのは体力があっても踊り慣れていないという面できついものがある。二人揃ってフロアから避けて、壁際に立つ。連続で踊れる人を見ながら、若いなぁ、なんて思うのは私の年齢が年齢だからだろうか。体力がないわけじゃないのだけれど、どうにも若い人に圧されがちである。
「あ、ちょっとお手洗い行ってきてもいい?」
「あぁ。一人で大丈夫か?」
「平気、ありがとう」
シュウ君から離れて、お手洗いに向かう。ここに来る途中にそれっぽい表記は見たし、ホテルなんて大抵作りは似たりよったりだ。会場を出ればすんなりと目的地は見つかって、鏡の前で化粧直しをする女の子をどこか微笑ましく思いながら個室に入り手短に用を済ませた。個室から出れば手を洗って、私も同じ用に鏡の前で化粧を整えて。
(……好きって、言っていいのかな)
一度言おうとして邪魔が入るとなかなか言いにくくなるもので、どこか打ち砕かれた気分だ。別にフラれたわけではないのだけれど、どうにもシュウ君の顔が見るのが恥ずかしいというか。けれどもひとりトイレであぁでもないこうでもないと考えているわけにもいかず、小さく息を吐いた後に意を決して鏡を見る。鏡に映るのは、見慣れた自分ではあるもののいつもより綺麗に整えられた顔。シュウ君が綺麗にしてくれたこの姿でなら、少しだけ勇気が持てる。
お手洗いから出て、会場へと戻る。会場では曲が流れていて、まだダンスは続いているらしい。踊りが分からないまま見様見真似で踊る人たちや、慣れた様子で踊る人、明らかにワルツではなくとも楽しそうに踊る人、会場には様々な姿が溢れていて自分のときのプロムもこんな感じだったなぁ、なんて感慨深く思う。
(あ、いた)
キョロキョロと会場内を見回せば、シュウ君を視界に捉えてその姿を見て壁に寄りかかる。恐らくは女の子の方から誘われたのだろう、同い年ぐらいの女の子を相手に踊るシュウ君がいた。こういう場で女の子から誘われたら男性は基本的に了承するのがマナーである。同伴者がいたら断りやすくあるけれど、私がいないときに声をかけられればそれも難しいだろう。とりあえず終わるまでは待っておこう、と壁に寄りかかって、シュウを視界に捉えつつぼんやりと空を見る。シュウ君を見ていたいような、けれども女の子と踊るのは見ていたくないような。
「お飲み物はいかがですか?」
「あ、ありがとう……」
ひとりでいるのを見かねて、だろうか。スタッフの人が私にグラスの入ったトレイを差し出して、どこか手持ち無沙汰だった私はそれを素直に受け取る。そのまま何も考えずにグラスの中の液体を一気に飲めば、つんと鼻につくそれに気付いて眉根を寄せる。嫌いなわけではないけれど、なにも考えずに飲むとびっくりするというやつだ。
「アルコールじゃん……」
は、と息を吐いて、三分の一ぐらいグラスに残る液体を見つめる。アルコールは特別強い方でもないけれど、弱くもない。この程度だったらそう酔う程の量ではないけれど、ノンアルコールだと思って一気に煽ったのはあまりよくなかったかもしれない。そんなことを思いつつ、シュウから視線を逸らすかのように窓の外に視線を向ける。外にもちらほらと人がいて、室内に比べればどこか艶っぽい雰囲気だろうか。
(言いにくく、なっちゃったなぁ)
好きだよって、今言ったらお酒のせいにされてしまいそうだ。飲んだ人同士ならとっもかく、恐らくシュウは飲んでいないからすぐに私がお酒を飲んだことにも気付くだろう。そんなことを思いながらぼんやりと外を見ていると、ふいに腕が引かれて私の身体はそれに従い腕を引っ張った相手の胸元に飛び込む形になる。瞬間、ふわりと嗅ぎなれた匂いが鼻腔を掠めてその匂いにほっと息を吐く。シュウ君の、匂いだ。
「すまない、一曲頼まれた」
「ごめんね、私がいなかったから断りにくかったでしょ」
「まぁ、な。クラスメイトだったこともあって、余計にだ」
「……ふぅん」
今のコ、クラスメイトだったのか。既に人に紛れて姿は分からないそのコを思い浮かべて、小さく息を吐く。少しだけ面白くないな、という子どもじみた嫉妬心が、じわり、じわりと私の心を侵食していく。シュウ君は、私のことが好きなんじゃないの。こういう場では男の人が断りにくいということも分かっているのに、そんなことを思ったりなんかもして。
「シュウ君、」
「だから君付けは、……っ!」
わざと、シュウ君、と呼んだ。自分が年下だと実感するからだろうか、君付けで呼ばれることをどうにも嫌がるシュウ君を君付けで呼べば、少しだけ嫌そうな顔をしたシュウ君が私の方を向いて、その瞬間、私は少しだけ背伸びをして不満げな唇を自身の唇で塞ぐ。シュウ君が、驚愕で目を見開くのが分かる。けれど、私は唇を離さないまま、するりと彼の首に腕を回す。ねぇ、私だけを見て欲しいの。そんな気持ちを抱えながら。
「ふ……何、を」
「シュウ君のばか」
「待て、ばかとは何だ」
「……他の女の子、見ちゃ嫌」
腕を下ろして、今度はシュウ君の背に腕を回して顔を彼の厚い胸板に埋める。多少お酒に当てられた自覚はある。けれど、このぐらいしないと大人は素直になれないのだ。もう、お酒の勢いって言われてもいいかもしれない。投げやりにそんなことを思っていると、シュウ君が私の腰を引き寄せて顎を持ち上げた。そのまま、ゆっくりとシュウ君の顔が近付いて唇が触れ合う。
「……リップ、付いちゃってる」
「嫌がらないのは、そういうことだと思っていいか」
「…………思えばいいじゃん」
今まで散々グイグイ来てたんだから。自身の親指で唇に付いたリップを拭いながら問われ、肯定を述べる。視線を合わせないのは、せめてもの抵抗。けれども目の前の彼はそんなことを気にした様子もなく私の名前を囁く。その声の低さに、ゾクリと背筋が震えた。
「ダンスもいいが……このまま、引き上げてもいいだろうか」
「同級生に挨拶はいいの?」
「別に後でどうとでもなる。それに、正直なところ今は貴方に触れていたい」
「っ〜〜〜〜、」
耳元で囁かれて、ぎゅっと目の前のシュウ君の服を掴む。自分の心臓が、うるさい。頬どころか、耳まで赤くなってることが自分でも分かる。
シュウが私の手を取って、身体を引き寄せる。歩けるか、と問われて小さくうなずけば、そのままエスコートをされて会場を後にする。何年ぶりだろうか、このなんとも言えない感覚は。
2020.06.23
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