一夜限りのシンデレラ

キスが激しいけどシュウ君可愛い

 
 微睡む世界に暖かさを感じて、ゆっくりと瞼を開ける。そういえば本を読んでいたんだっけ、と思いながらまだハッキリとしない意識で世界に戻れば、カーペットの上に転がる私の隣でシュウ君がすやすやと可愛らしく寝息を立てていた。

(いつ来たんだろう……)

 転がったまま頬を緩ませつつシュウ君の頭を撫でれば、んん、とシュウ君が小さく声を漏らしながら身じろいだ。起きるかな、と思ったけれど起きる気配な無くて、その状態に安堵しながら身体を起こして時計を見ればうとうとし始めてから一時間程経っていた。

「可愛いなぁ……」

 シュウ君が眠る姿を見て、無意識に言葉が零れ落ちる。お姉さん、お姉さんと私に懐いてくれている姿を見ているとやっぱり他のコよりも可愛く思える。

「んー……」
「あ、ごめん起きちゃった?」

 シュウ君がもう一度身じろいで、眠そうに瞼を擦る。頭を撫でながら寝てていいよ、と声をかけたけれどもシュウ君は身体を起こして甘えるように私に抱きついて首を横に振った。眠いけど起きていたい、そんな感じなのだろうか。

「ふふ、ごめんね。私寝ちゃってたみたいで」
「んーん、寝てるお姉さん眠り姫みたいだった」
「シュウ君は相変わらず私を褒めるのが上手いねぇ」

 胸元に顔を埋めるシュウ君は、相変わらず可愛い。ぎゅう、と私の背中に手を回して顔を上げながら笑みを浮かべていて私も同じように背中に腕を回して笑みを浮かべた。ミステリー小説を読んでいるときはキリッとしていてどちらかといえばカッコいいのだけれど、このギャップは見ていてそんな年でもないというのにきゅんとしてしまう。

「眠り姫みたいだと思ったのは本当だよ。キスしようかと思ったぐらい」
「まさかしちゃった?」
「してよかったの? 寝込みを襲うよりちゃんとお姉さんが起きてるときにしたいなって思ってしなかったんだ」

 そうだ、おはようのキスはしてなかったよね。シュウ君はそう言って、私に触れるだけのキスをする。少し前から私とキスをすることを覚えたシュウ君は会ったときと帰るときは必ず、それ以外にも合間合間でタイミングが合うことがあればするようになった。キスをする癖が付いてしまっているような気がするけれど、いいのだろうか。そろそろ私がメアリーさんに怒られそうだな、なんて考えたことが何度かある。
 シュウ君は、お姉さんからもして?、なんて首を傾げつつ言って来て、シュウ君に甘い私は仕方ないなぁ、なんて言いながらシュウ君の唇に口付けを落とす。シュウ君ももう十歳だ。こうして懐いてくれているのももう一年もないと思えばこのぐらい可愛いものである。

「僕、お姉さんにこうしてるの好きだなぁ」
「そう? あ、でもお母さんは秀吉君に取られちゃってるもんねぇ」
「? 母さんにはしないし興味ないよ?」
「こらこら、お母さんでしょうに」

 きょとん、と少しだけ私に抱き着く腕を緩めて、シュウ君が私に告げる。苦笑いをしながらシュウ君の頭を撫でるけれど、母さんにはしようと思ったこともないなぁ、なんて口元に手を当てて考える素振りを見せるシュウ君は本気なのだろう。てっきりシュウ君は秀吉君にお母さんを取られてしまったから寂しさもあってこうやって私に甘えてくるのだと思っていたけれどどうやらそれは違うらしい。

「こうやてぎゅーって抱き着きたくなるのも、キスしたくなるのもお姉さんだけだよ」
「んんっ……有難う、」
「これって、僕がお姉さんを好きってことだよね」
「お姉さんもシュウ君好きだよー!」

 少しだけ頬を染めて言ってくれたシュウ君に私から思いっきりハグをして、すり寄るように首を横に振る。シュウ君は私がいきなり抱きついたことに驚いたのか、ビクリと肩を跳ねさせたけれどすぐに私に抱き着き返して、それさえも可愛いなんて思ってしまう私はきっと末期だ。

「ねぇお姉さん。僕がお姉さんの身長を抜かしたら恋人にしてくれることを考えるって言ったよね」
「そんなことも言ったねぇ」
「僕はお姉さんともっと一緒にいたいって思うし、もっと触っていたいって思う。キスしたいし、もっとお姉さんを独り占めしたい。これが恋じゃないって言うなら、どんな感情を恋って呼ぶの?」

 私のことを真っ直ぐと見ながら、シュウ君が私に問う。少し切なげなその表情は少し切なげで、私は何と返事をするべきなのかが分からずにシュウ君を抱き寄せて頭を撫でる。
 私自身に恋人がいたことはあるけれどそれは過去のことであって、今はいないしここ数年はいなかった。恋とは、こんなにも真っ直ぐに気持ちを伝えられるものだっただろうか。大人でさえ気持ちを伝えることは怖いと思うのに、こんなにも真っ直ぐと伝えてくれるシュウ君には感服するしかない。

「シュウ君、十歳だもんねぇ」
「……人として好きかとか、分からない年じゃないよ」
「憧憬と恋愛を、混合してしまうこともあるよ」
「憧れで、人は人を独占したいと思うの?」
「う〜ん……」

 中々に鋭いところに気付くものである。私自身あまり背が高い方じゃないからシュウ君が背を抜く頃はきっと中学生でその頃には憧れと愛情の分別はついていると思っていたけれどシュウ君はどうやら譲るつもりはないらしい。出来ることならば、こんな年上じゃなくてもう少し同い年の女の子を相手として考えてほしいのだけれど。

「ちゃんと背を抜くまで待つからそれで勘弁してほしいなぁ」
「……恋人作ったら駄目だからね」
「予定もないかな」
「身長追い越したら恋人になってもらって、八年経ったらプロポーズするから」
「ふふっ、待ってる」

 シュウ君が私の身長を追い越すまで、私はシュウ君の憧れのお姉さんでいられるのだろうか。前に牛乳を飲む、と言っていたからスクスク成長して思いの外身長が伸びるのが早かったらどうしようか。いやでも多分ちゃんとその頃には恋愛と親愛の分別はついていると思いたい。何より未成年に手を出すというのは私がいろいろとやばいのである。いや、シュウ君のことは好きだけれどそういう好きではないのだけれど結構シュウ君押せ押せだからであって。
 ぎゅうぎゅうと私に抱き着いて胸元に顔を埋めるシュウ君は、少し不満そうだけれどそこは諦めてほしい。私の腕の中にすっぽりと収まるシュウ君だけれど、身長を抜く頃にはきっともう収まるサイズじゃないから抱き締められる間はこのサイズを満喫しておくとしよう。何よりそんな年頃になったときにはきっとシュウ君も近所のお姉さんに抱きつかれるのなんて恥ずかしくて嫌になっているだろう。

「ねぇお姉さん」
「うん?っ、ん、」

 シュウ君の唇が、私の唇に重なる。突然のキスに驚いて身体を強張らせたものの、その唇はすぐに離れてほっと息を吐く。私にキスをするのは全然構わないのだけれど、このまま成長してキス魔にはならないでほしいものである。
 シュウ君は私の腕からするりと抜けて膝立ちになり、少しだけシュウ君の顔の位置が高くなってその位置から私を見下ろす。ぺろりと唇を舐める仕草は、どこか色っぽかった。

「キスは、してもいいんだよね?」
「……駄目って言ったら、やめる?」
「うん、やめない」
「だよね。うん、まぁキスぐらいなら……」

 にっこりと笑うシュウ君はどこか小悪魔っぽさを感じる。可愛い顔をして笑顔を浮かべるけれど、そこに私の拒否権は無いらしい。にっこりと笑みを浮かべたままシュウ君は私の頬を撫でて、そのまま額にキスを落とす。瞼に、頬に、鼻に。可愛い戯れ。このぐらいなら、あぁあの頃そんなこともあったなぁなんて記憶としては可愛いものだろう。

「憧れなんかじゃない。お姉さんのことが好きだよ」

 額と額が重なり合って、柔らかく微笑みながらシュウ君が私に言った。そして、唇が触れ合って。

「っ、んんっ、!」

 今までのキスと違うキス。薄く開いていた唇からシュウ君の舌が私の口内に入って、ゆっくりと舌を絡ませる。どこでそんな行為を覚えてきたのか。久しぶりの感覚に身体がゾワゾワするのを感じながら、どうしていいか分からずに口内を犯すシュウ君の舌を感じながらぎゅっと彼の服を掴む。まさか私から舌を差し出すなんて行為は許されない。ただ噛んで拒むというのも違う気がして、まだ幼さの残る少し小さな舌が絡まるのにひたすら耐える。

「ふ……ぁ、っ、」
「んん……ふ、可愛い、」
「シュウく、んぅ、」

 唇が離れて、ハ、と息を吐く。なんでこんなこと、と言おうとしたけれどもそれよりも先にシュウ君は言わないで、とでも言うようにまた私の唇を塞ぐ。目を閉じてただキスを繰り返すシュウ君が私の視界を埋め尽くして、年齢らしからぬキスをされながら整ったその顔に胸が高鳴る。恋じゃ、ない。ずっとこういうことをしてなかったからきっとそのせいだ。自分にそう言い聞かせて、震える身体を隠すようにシュウ君の服を掴んで身を強張らせる。

(男の、顔だ)

 じわりと滲む視界で、そんなことを思った。可愛いシュウ君は、その可愛さの中に男がチラついて見えた。こうして深く、優しくキスをされると身体は否が応でも感じてしまう。自身の呼吸が荒くなって来るのを感じつつ、けれども今私にキスをしているのはまだ未成年なのだと言い聞かせる。
 唇が離れた、と思ったらまた触れ合って。けれどもその先に進もうとしないのが救いだったと言えるだろうか。ひらすらにキスを繰り返して、やがてその唇は離れた。シュウ君は、今まで見たことがない艶美な笑みを浮かべていた。

「キスはOKって言ったのは、お姉さんだよ」

 ぺろり、とシュウ君は唇を舐めて、その瞬間私の背中がゾクリと震えた。ふふ、と笑みを浮かべながらシュウ君は髪を掻き上げて、子どもらしからぬ色っぽさを放っている。

「ど、どこでこんなこと……」
「本で見ただけだよ。大人は、こういうキスをするんでしょう?」

 これ以上キスをされてしまったらこっちの身が持たない。両手で唇を隠してシュウ君を見上げて尋ねるも、シュウ君は知っていて当たり前だと言うように笑みを崩さないまま私を見る。これが、つい数分前まで私に甘えていたシュウ君だというのか。可愛らしく甘えていたシュウ君とは、別人のようだ。

「キス以上のことだって、お姉さんにしたいけど……嫌われたくないから身長を追い抜くまではキスまでにしておくね」
「ひぇ……」

そのキスは、こういうキスも含まれるのでしょうか。聞きたけれど聞くのが怖くて、同時に私の頬が赤くなるのが自分でも分かった。両手で自身の顔を覆い隠して、思う。もしかして、私はそうとうやばい男の子に好かれていたのだろうか。

2019.03.17
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