落ち込んだシュウ君可愛い
は、と息を吐くシュウ君を見て、ゾクリと背筋が震える。このままだと、夢の通りになってしまう。そう思って首を横に振って抵抗をすれば、シュウ君は戸惑ったように私の手を握って指を互い違いに繋ぐ。真っ直ぐと私を見る目が少しだけ怖くて、じわりと視界が滲む。
「……ごめんなさい」
「え?」
ぽすん、とシュウ君が胸元に顔を埋める。謝罪をしたシュウ君の声は少しだけ震えていて、繋いでいた手を話して頭を撫でる。私の胸元に顔を埋めているから今の私からシュウ君の表情は見えないけれど、気落ちしていることだけは声色からハッキリと分かる。
「お姉さんを、泣かせたかったわけじゃないんだ」
「……うん、」
「ただちょっと、僕を意識してほしかっただけ、」
「うん、」
「ねぇ、僕のこと、嫌いにならないで、」
酷いことをされたのは私の方なのに、シュウ君の方が泣きそうだ。懇願するように抱き着くシュウ君は、泣いてこそいないものの声だけを聞くと今にも泣きだしそうで。頭を撫でていた手を少し下に下げて、シュウ君の背中をトントンと軽く叩く。間違ったことをしたのならば、ごめんなさいと謝罪をして正しい道に戻してあげればいい。それが、大人の役目だ。
「嫌いになんて、ならないよ」
「ほんと?」
「うん。私もごめんね、突然だったからビックリしちゃった」
「ううん、悪いのは僕だもん」
「ちゃんとごめんなさいしたから、いいよ」
身体を起こして、シュウ君を抱き締める。おずおずとシュウ君も私の背に腕を回して、ぐりぐりと頭を押し付ける。まるで、泣きそうな顔を見ないでくれ、と言わんばかりだ。
どれぐらい、そうしていたのだろうか。暫く二人で無言のまま抱き合っていればシュウ君は気持ちが落ち着いてきたのか少し居心地が悪そうに身じろいだ。
「落ち着いた?」
「ん……ごめんなさい、」
「ふふっ、いいよ。お姉ちゃんもびっくりしただけだから」
「っ、」
シュウ君の額にキスをすれば、シュウ君はぎゅうっと私の服を握る。おずおずと顔を上げるのは、心境的に少しだけ気まずいのだろうか。
「キスはね、愛情表現だからちゃんと同意がないとダメだよ」
「……お姉さんには、してもいい?」
「私には、いいよ。でも、舌を入れるのはダメ」
「ダメなの?」
「アレは本当にお互いがお互いを好きで、かつ恋人同士がするものなの。もしシュウ君が大人になってまだ私のことが好きで、恋人同士になったときは考えよう?」
今はまだ、シュウ君の気持ちは年上の異性に対する一過性のものかもしれない。だからこそ、いきなりこんなことをしてはいけないことは分からせないといけない。まさか他の女の子に突然することは無いだろうけれど、純粋過ぎるというのは怖いものだ。
シュウ君は眉根を寄せて少し不安そうだけれど、仕方ないと諦めたのか小さくコクリと頷いた。駄々をこねられたらどうしよう、とちょっとだけ思っていたから、ほっと息を吐く。
「ねぇお姉さん、キスしてもいい?」
「いいよ。仲直りのキスだね」
シュウ君が膝立ちになって、私の頬に手を添える。少しだけ顔が赤いのは、照れているからなのだろうか。いつもより勢いよくしてくるのとは違って、ゆっくりと迫るシュウ君の顔にほんの少し、ドキリと胸が音を立てる。普段から可愛い可愛いと思っていたけれど、まつ毛は長いし鼻筋も通っていて、シュウ君の顔は綺麗だ。大きな目に子ども特有の幼さがあるから可愛い、なんて言っているけれど同い年ぐらいの女の子から見ればカッコいいと思うのかもしれない。
「っ、ん」
唇が触れ合って、小さく声が漏れる。いつもみたいに軽く触れるだけじゃない。離れることを惜しむかのように、触れては離れてを繰り返す。角度を変えて何度も何度も行われるソレを、シュウ君はどこで覚えたのだろうか。子どもがするキスってなんだっただろうか、と思うぐらいには繰り返される。時折伏せられた瞼が上がって、視線が交わって。萌葱色の瞳が熱を帯びているのが分かる。
「は……シュウ君、唇腫れちゃうよ」
「……なんでなのかな」
「うん?」
「お姉さんに触れる度に、お姉さんが好きって気持ちが溢れて止まらなくなるんだ。もっとお姉さんに触れたい。キスしていたい。ぎゅうってハグしたいし、されたい。お姉さんからも求められたい。大人は、どうやってこの気持ちを昇華してるの?」
ドキリ、と心臓が高鳴る。今ほどシュウ君が十歳の子どもでよかったと思ったことはない。もしもシュウ君が高校生でこんなにも真っ直ぐな言葉をぶつけられていたならば、流されていたかもしれない。何も知らないのが、救いだった。
頬に触れるシュウ君の手はまだ子どもで、それを包む私の手は大人。明確に表れるその差が、流されてはダメだとセーブをさせてくれる。
「好きで好きでたまらないから、愛する人との子どもを成すんじゃないかな。子どもって、自分と愛する人との結晶でしょう?」
「……早く、大人になりたい。大人になって、お姉さんを迎えに行きたい」
「大丈夫だよ、お姉さんは逃げも隠れもしないから。シュウ君が大人になるまで待つよ」
「絶対だよ、」
約束。そう言って、シュウ君が私の瞼にキスをする。少し寂しそうな顔をするのは、気持ちの昇華が追い付かないからだろうか。まだこのまま子どもでいてほしいような、大人になってちゃんと自分の気持ちと向き合ってほしいような、複雑な気持ち。もう少しだけでいいからこのまま慕っていてほしいな、なんて思うのは私のワガママだろうか。
ぎゅう、とシュウ君が私を抱きしめて、私もそれに返す。どこか歪な気持ちは、お互い様だ。
「ねぇシュウ君、お姉さんとお菓子作りしようか」
「お菓子?」
「うん、仲直りも込めて。だめ?」
「ううん、作る!」
にっこりと笑みを浮かべるシュウ君を見て、私も笑みを浮かべる。いつも通りのシュウ君だ。シュウ君はするりと私から離れて、パタパタと足音をさせながらキッチンへと向かう。お菓子作りをするということはお気に召したらしい。まだ何を作るかも決まっていないけれど、待ちきれなかったのだろうか。
「お姉さんが作るお菓子は美味しいから、一緒に作れるって嬉しいな」
「本当? 出来上がったら一緒に食べようね」
「うん!」
まずは手を洗うところから始めようか。私が来るのを今か今かと待つシュウ君に声をかけて、私もキッチンに入る。クッキーなら、二人で楽しみながら作れるだろうか。クッキーの材料を思い浮かべながら、手を洗い始めたシュウ君を見て笑みを浮かべた。
+ + +
オーブンの前に座り込んで、じっとクッキーが焼かれる様を見ているシュウ君を見て苦笑いを浮かべる。暫くは焼き上がらないのだけれど、どうやら気になるらしい。
「もう少しかかるよ?」
「うーん、気になる」
「そう?」
私もシュウ君の隣に座って、オーブンの中を観察するシュウ君を見る。こうしてシュウ君の顔を見ていると、本当に整った顔なんだなぁと実感する。キスをされているときにも思ったけれど、横から見るとまた違った姿。鼻が高くて、横顔が綺麗だ。もしも私がシュウ君と同い年だったら、それこそ当たり前にシュウ君のことを好きになっていたのかもしれない。
(学校でもモテるんだろうなぁ、)
シュウ君の運動神経はかなりいいと思う。それでいてこの顔なら、結構モテるのではないだろうか。本人にとってそれが喜ばしいことかどうかは別だけれど。
じっとシュウ君を眺めていると、シュウ君が私からの視線に気付いたのか首を傾げながらこちらを見た。
「どうかした?」
「シュウ君が綺麗な顔だなぁって思ってただけだよ」
「ふぅん?」
綺麗な顔、と言われてもあまり興味がないのだろうか。少し不思議そうに首を傾げたまま、シュウ君の視線はオーブンへと戻る。今の興味は私よりもクッキーらしい。キス以上のことだって知ってる、と言ったのに悲しいものである。
(……あれ、)
シュウ君は、以前キス以上のことだって知ってると言っていた。果たしてそれはどこまでなのだろうか。ぞわりと少しだけ嫌な予感がして、頭を抱える。さっきシュウ君は私に意識してほしかっただけ、と言った。その先の行為を知らないとは言っていないのだ。
「ねぇ、シュウ君、」
「うん?」
オーブンから顔をこちらに向けたシュウ君を見て、胸が締め付けられる。まさか、知っているのだろうか。聞きたいような、聞くのが怖いような。そんなザワザワとした気持ちを抱えながら、けれどそれには見てみぬフリをした。
「赤ちゃんって、どこから来るか知ってる?」
部屋が、静寂に包まれる。シュウ君は何を言うでもなく私を見ていて、その無言が少しもどかしい。ただ、視線を逸らすのも違う気がしてシュウ君を見ていると、シュウ君は頬を膨らませた。
「もう、お姉さんバカにしてるでしょ。そのぐらい知ってるよ」
「あ、そうだよね……」
少し拗ねたように言うシュウ君は可愛いながら、恐ろしいコだと思ってしまった。知っていて、あんなことをしたのか。キス以上のことをしたいと言ったのもの、そういうことなのか。願わくば、シュウ君には年相応の女の子が現れることだ。ハハ、と苦笑いをしつつ立ち上がろうといた時、赤ちゃんって、とシュウ君は言葉を続ける。
「キャベツ畑から生まれるんでしょ? それぐらい知ってるよ!」
腕を組んで、僕もう十歳なんだからね、とプリプリしているシュウ君から視線を逸して、バクバクと心臓を抑える。思ったことは、ひとつ。
(じゅ、純粋で良かった……!!!!)
そうか、キャベツ畑。確かにこっちだと赤ちゃんはキャベツ畑で生まれるとか言う話がある。日本で言う、コウノトリのようなやつだ。クッキーが焼くのを見つめるシュウ君をちらりと見て、ほっと息を吐く。そうだ、まだ十歳だもん。知っているわけがない。そう思いながら、私は立ち上がってクッキーを入れるお皿の準備を初めた。
だから、私は気付かなかったのだ。安心して戸棚に向かった後ろで、シュウ君が意味ありげに私を見てにんまりと笑みを浮かべたことに。
2019.04.18
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