一夜限りのシンデレラ

告白されてるシュウ君可愛い

「付き合ってください!」

 とある日の夕方。通りかかった公園で野良猫に猫じゃらしを振って遊んでいると女の子の声が聞こえてきてピタリと猫じゃらしを振る手を止める。聞こえてきたのはあからさまに告白の言葉で、恐らくは子猫を追って公園の通りにある草木の影に私が隠れてしまったから告白した人、された人たちのいる通りから姿が見えなかったのだろう。にしても、まだいつ人が通るか分からないような日の落ちていない時間によく告白したな、と再び猫じゃらしを振りながら思う。声からして比較的若そうだから、若さ故の突っ走入りみたいな部分もあったのかもしれない。若いうちは、それだけで自分が強いような錯覚に陥りがちである。余談だけれど猫じゃらしはちゃんとした猫じゃらしではなくてその辺に生えていた正式名エノコログサだ。閑話休題。

(にしても、青春だなぁ……)

 さすがに告白をぶち壊すわけにもいかないので、告白が成功するかどうかはともかく人がいなくなるまで待つのが得策だろう。ありがたいことに目の前にいる子猫はまだ猫じゃらしに夢中だから、暫くは大丈夫だろう。告白やその返事にそう時間がかかるものではない。このまま五分十分子猫と遊んでいたらこの場を去ってくれるだろう。
 猫じゃらしにじゃれついてくる猫の姿を見て、頬を緩める。真っ黒な子猫は、少し前にシュウ君に猫耳と猫尻尾を付けたことを思い出す。あのときシュウ君は自分が猫になったら、と言っていたけれど本当に猫になったらこんな感じなのだろうか。これならお姉さんすぐ拾っちゃうわ。

「……好きな人いるって、何度も言ったと思うけど」
「っ、」

 鼓膜を揺らした声に、ビクリと肩を跳ね上がらせて息を呑む。聞こえてきた声は、知っている声だった。いつも私に声をかけるときみたいに優しくて可愛らしい声色じゃない、冷たい声色。けれど、間違えるわけがない。その声を、私はよく知っている。

「自分に好意を寄せる誰かを自分の好きな相手の代わりにするつもりは無いし、好きな人以外と付き合うつもりなんて無い。それに、代わりでいい、なんて言ってくる人を好きになんてなれない」

 聞いたことがないぐらいに、冷たい声。その声に、決して自分に向けられた声ではないのにゾクリと背筋が震える。私に好意を向けて来るシュウ君の声と全然違って感情を帯びないその声は子どもでも出せるのかと少しだけ身震いをする。あんなにも純粋に好意を向けてくるシュウ君と、同一人物なのだろうか。
 走る足音が、遠ざかっていく。見つかるわけにはいかないから私はシュウ君の方を見ることが出来ないのだけれど、告白をした女の子が何も言わずに去っていったということは泣いたのか、この場にいることが耐えられないと思ったのかそんなところだろう。未だに猫じゃらしにじゃれてくれる猫と遊びつつ、小さく息を吐く。自分が十歳の頃なんて、誰かと付き合おうとかそういうことを考えたことはなかったのだけれど今のコは違うのだろうか。

「最近のコって怖いねぇ」

 それだけ進んでいるということなのだろうか。うにゃうにゃと猫じゃらしを引っ張る猫に問うても答えは返ってこない。そろそろシュウ君も公園から出たかなぁ。さすがにここで顔を合わせたらかなり気まずい。だって多分シュウ君の言う好きな人って多分私だし。そんなことを考えていたときだった。

「……お姉さん?」
「えっ」

 ガサリ、という音と共に聞こえてきた声は、確かにシュウ君の声。いつもの聞き慣れた声に私が振り返れば、そこにはいつも通り可愛い顔をしたシュウ君。けれど、シュウ君はすぐに怪訝そうな顔をして、聞いてたの、と不満げに唇を尖らせた。

「き、聞きました……」
「まぁ、いいけどね。本当のことしか言ってないから」

 シュウ君が来たからだろうか、猫はさっさと逃げてしまい私はどこか気を紛らわすように特に何もない部分に猫じゃらしを振ってみる。当たり前だけれどシュウ君がそれにじゃれることなんてなくて、猫じゃらしはただただむなしく空を揺れる。
 シュウ君の告白の返事は、随分と慣れたものだった。もしかしてもう十歳にもなれば告白なんてしてされてが当たり前なのだろうか。じっと私を見るシュウ君と視線が交わって、少しだけ苦笑いをした。

「……告白、よくされるの?」
「たまにだよ。早いコとかは恋人いたりするけど僕は好きな人いるからって断ってるけど」
「十歳って、そういう年齢なの」
「人によるんじゃないかなぁ。僕はお姉さんとしか付き合うつもりないから関係ないけど」

 さもそれが当たり前だと言うようなシュウ君に、どこかヒヤリとするものを感じる。真っ直ぐすぎる思いは、ときに狂気だ。その瞳がまっすぐ過ぎて、どこか怖いものを感じた。シュウ君からの気持ちは、このままでいいのかと。

「……私、シュウ君の気持ちに答えられるかわからないよ」
「でも、お姉さんは僕にチャンスをくれた。僕がお姉さんの身長を追い抜くまで、十八になるまでこの気持ちが変わらなければ、僕の気持ちにきちんと向き合ってくれるんでしょ?」
「それは、そうだけど」

 確かにシュウ君が私の身長を追い抜いたとき、それに彼が十八になったとき。それぞれ告白とプロポーズをされれば真剣に向き合うつもりはあるけれどそれはそれまでにシュウ君が今の気持ちが一過性のものだと気付いてくれたらな、なんていう期待を込めていたりするからだ。まぁ、もしもそのときまで本気だったならば一応向き合うつもりはあるのだけれど。ただ実際年齢とか色々問題はあるから簡単にイエスとは言えないのだけれども。

「それに、好きな人がいるのに付き合うなんて誠実じゃないしね」
「……まぁ、たしかに」
「酷い振り方って言われるかもしれないけれど、期待を持たせてどっちつかずよりずっといいかなって思うよ。女の子は諦めがつくし、僕も答えられない好意を向けられない」

 自分の脚の上に頬杖を付いて、ぽつぽつとシュウ君が零す。確かに好きな人にきっぱりとフラれてしまえば次の恋愛に切り替えられるだろうし、シュウ君だって好きじゃ無い人に好意を向けられない。ある意味では、合理的なのかもしれない。大人でさえ恋人と別れる気配を察知した時点で次の人を見つけたりして中には浮気をしたりする人もいるというのに、そう考えると随分とシュウ君は大人で同時に誠実な人なのかもしれない。私に今までキスしたりしてきたことは置いておくとして。

「シュウ君は、偉いねぇ」

 頬を緩めてシュウ君に言えば、シュウ君は少し驚いたらしく一瞬だけ目を見開いて、けれども恥ずかしそうに視線を逸らした。まるで、こうやって真っ直ぐ褒められることに慣れていないかのようなその姿に、こちらの頬が緩む。こういう年相応な部分は、妙に可愛く思えたりするのは致し方ないだろう。

「……偉くなんか、ないよ。最初からこうしてキッチリ考えられたわけじゃない」
「十歳でそう考えられるだけで偉いと思うけどなぁ」

 大人だって、そうやって考えられない人はいるよ。私がそうシュウ君に告げれば、シュウ君はまだどこか納得が出来ていないようだけれど眉根を寄せたまま、そうなのかな、と小さく呟く。少なくとも、私から見ればシュウ君は年齢にそぐわない大人顔負けの行動をしていると思う。普段私を呼ぶときの笑みからは想像が出来ないぐらい、大人な行動。少しだけ怖いなぁなんて思うけれど、どこかそのアンバランスさに惹かれるものはある。
 どこか気落ちしたシュウ君の頭をくしゃりと撫でてあげれば、シュウ君は緊張が解けたかのようにふにゃりと笑みを浮かべた。

「やっぱり僕、お姉さんが一番好きだよ」
「それはありがとう……?」
「クラスの女の子と二人で話しててもドキドキなんてしないし、格好よく見られたいなんて思わないけど……お姉さんと一緒にいるときはドキドキするし格好よく見られたいって思うよ」
「うぅん、出来れば同い年の女の子に目を向けてほしい気はするけど」

 こう、世間体的なものがいろいろと。そんなことを小さく呟くけれども、シュウ君はお構い無しに、でも僕お姉さんのことを好きになっちゃったし、と言ってのける。なんだか最近可愛らしいさに図々しさ?ふてぶてしさ?そんなものが追加されたような希ガスうるのは気の所為だろうか。けろっとしたその姿は可愛くも思えて結局許す私はシュウ君に甘い。はたしてそう思うのは人生で何回目なのか。

「まぁあと八年だからね、身長だってすぐに抜いてみせるよ」
「ワーイ楽シミダナー」

 苦笑いをしながらシュウ君に返事をすれば、思ってなさそう、なんて少し冷めた目線が私に向けられてその視線がグサグサと心に突き刺さる。好きだと慕ってくれるのは嬉しい反面、どうしても私には年齢という壁がいろいろと立ちはだかるのである。どうかそれまでにシュウ君が別の人に気持ちを向けていますように。今のところ可能性は低そうである。

「にしても、シュウ君も告白されたりするんだねぇ」
「別に僕だけじゃないよ。単に恋人に憧れてるような人もいるし」
「若いな……」

 恋人がほしいから、で作ろうと思うう気力は少なくとも今の私にはない。この恋愛に対して消極的な部分が恋人がいない原因ではああるのだろうけれどまぁ特に困っているわけではないので良しとしよう。何よりもし今私に恋人が出来たらシュウ君が怒りそうだ。いやそれはそれで見てみたいけど。だからといってその為だけに恋人を作るつもりはない。機会があれば、というやつである。

「……僕は、お姉さん一筋だよ」
「ん、ありがと」
「僕のクラスメイトはみんな知ってるよ。僕に好きな人がいるって」
「そうなの?」
「うん。だから、僕は告白されても絶対にOKしないってこともね」
「そうなんだ……」

 そういえば、一番最初にシュウ君の冷たい声を聞いた時、好きな人いるって何度も言ったと思うけど、と言っていたっけ。面倒だから、というのもあるのだろうけれどある程度公言していれば確かに告白される機会もずっと減るだろう。これは頭がいいかもしれない。

「だから、お姉さんは安心して僕が身長追い抜くのを待っててね」

 どこかあざとさを含んだその笑みに、視線を逸らして苦笑いをする。まるでヤキモチ焼かなくていいんだよ、みたいなその言い方に可愛らしいというか憎めないというか。
 シュウ君に返事をする言葉が見当たらず、私はずっと手に持っていた猫じゃらしを振ってみる。けれどもじゃれてくれる猫はいないし何かが起こるわけでもない。けれど、どこか気持ちを紛らわせるようにただ猫じゃらしを振るのであった。

 私は、このとき全く気付いていなかったのだ。まるで私が、シュウ君の身長が自分より低いから手を出すことに抵抗あると思っている、と思っているとでも言うようなシュウ君の口ぶりに。そして数年後、私はこのシュウ君のその言葉を否定しなかったことを、少しだけ後悔することになる。少しだけ、ではあるけれど。

2020.02.14
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