心配してくれるシュウ君可愛い
レポートを提出して帰ろうとしていたとき、ふいに教授に声を掛けられて足を止める。少しばかり深刻そうな顔をした教授に首を傾げれば、最近ニュース見てたか、と眉根を寄せたまま問われ首を振る。レポートに勤しんでいる間はあまりテレビを見ていないから少しばかり世間の出来事に疎くなっている自覚はあるのだけれど、こればかりは仕方ない。教授からの問いに私が首を左右に振れば、教授は納得したように小さく息を吐いてここ数日世間を騒がせているニュースを告げた。
「……誘拐、ですか」
「被害者は隣町に住む十九歳と二十一歳の女子二人。先に誘拐された十九歳は昨日遺体が発見されたばっかりらしい」
「隣町……」
「いつこっちに犯人が足を伸ばしても不思議じゃないし、誘拐時刻も日中とされている。次から極力誰かと行動した方がいい」
日中に犯行を行うとはまた大胆な手口だな、と誘拐犯に関心をしつつ、教えてくれたことにお礼を述べる。私があまりにも世間の出来事に疎くなっていることに気付いてだろうか、教授は今世間で公開されているのであろう情報を教えてくれた。隣町で置きた誘拐事件は、行方不明になった一人が遺体として見つかり世間を賑わわせているらしい。一人目の段階ではただの失踪の線でも捜査していたらしいが、二人目の行方不明者が出たことにより誘拐としての線を強め今現在捜査をしているとかなんとか。
「身代金、とかじゃないんですね」
「どっちかというと暴行だな、別に犯人から要求が出てるわけじゃないみたいだし。それにまだ遺体が昨日発見されたばかりであんまり情報は出てないが、暴行された跡みたいなものはあったらしい」
「うーん、被害者二人の共通点とかも出てないなら一人にならないっていうのが一番いい方法ですかね」
「極力な。って言っても確か一人暮らしだったな……」
「昨日食材は買ったので暫くは引きこもり出来ます」
タイミングがよかったのか悪かったのか。何も知らなかったとはいえ一人で外出してた私怖いもの知らずだな、なんて自分に対して思いながら帰路を脳内で思い描く。大学と家は比較的近いので人通りがあることが救いだろうか。悲しいことに今日友人は授業がある日じゃないのでいないのだけれど、一人で帰るのに困るほどの距離でもない。
「事件が落ち着くまではこういうレポート関係も事前に行ってくれたらこっちも猶予作るし、なるべく自衛しとけよ」
「ありがとうございます。家まで近いのでなんとかなりますよ」
心配してくれる教授にもう一度お礼を言って、教授と別れる。曲がり角を曲がるときにまた別の一人でいる女子に声を掛けている姿が見えたから、恐らくは一人でいる女子にこうして気をつけるように声を掛けているのだろう。大学生の一人暮らしとなると人によっては家にテレビを置いていなかったり、置いていてもあまり使ってなかったりもあるので学校側から注意喚起を行ってくれるのは有り難い。しいていうならメールか何かで一斉送信を行えばよかったのでは、と思うけれどパソコンだって個々で持っている持っていないがあるからなのかもしれない。現に私もパソコンはあるものの比較的使われておらず、恐らく学校もわざわざ私のアドレスは把握していないだろう。
(にしても、誘拐かぁ……)
暴行目的、とは言っていたから帰るときに周囲を気にしていた方がいいのは確かだろう。十九歳と二十一歳が被害者、ということは目をつけているのは二十代前半ぐらいの女性だろうか。大学生が大学から帰るところを狙っているのかもしれない。普段テレビで流れているニュースとかはどちからかといえば自分には関係のないどこか別世界の出来事かのように見ているところはあったけれど、こうして自分の身近なところで起きているとなるとやはり少しばかり怖いところである。
「戸締まり、しっかりしなきゃなぁ……」
いつもはシュウ君が来るから、わりと家の玄関は開いていることが多い。まさか家まで来て誘拐するようなことはないと思うけれど、家の中での暴行という可能性はゼロではないだろう。となると極力日中でもしっかりと施錠をしていた方が得策な気がする。というかそもそも今までがあまりにルーズ過ぎただけな部分もあるのだけれど。
窓とかもしっかり確認しようかな、と防犯を意識しながら私は帰路についた。
◇ ◇ ◇
家のテレビでニュース番組をつけ、数日前に教授に教えてもらった誘拐犯の続報が入っていないかと見ていた。まだ三人目の被害者は出ていないものの、昨日の夜に二人目の被害者の遺体が見つかったことにより一層この事件は世間を騒がせている。しかし、犯人に繋がりそうな目撃情報は見つかっておらず未だに犯人は逃走中である。
淡々と流れるニュースを見ていると呼び鈴が鳴って、顔を玄関に向ける。特に来客の予定は無かったし通販で何かを頼んだりもしてないけど、と思いながらチェーンをしたまま玄関の扉を開ける。まさかここで誘拐されるとかはないだろうけれど念の為である。
「……シュウ君?」
「よかった、お姉さんしっかり防犯してるんだね」
にっこりと笑みを浮かべたシュウ君に、ちょっとチェーン開けるね、と言って少しだけ扉を閉めさせてもらってから扉のチェーンを開けてもう一度扉を開けば、今大丈夫かを問われて部屋の中に案内する。防犯のことを言われたから、恐らくはシュウ君も誘拐事件のことは知っているのだろう。
私の家の中に入ったシュウ君を部屋へと案内してソファーに座らせる。紅茶でも淹れようかな、と私がそのままキッチンへと向かおうとすれば、シュウ君は私の隣に座ることを促してどっちが来客なんだろう、と思いつつシュウ君の隣に腰掛けた。
「お姉さんが無事でよかった。テレビでニュース見て、心配になったんだ。お姉さんの家は大丈夫かなって」
「心配して来てくれたの?」
「だって、普段僕がここに来たとき鍵開けっ放しなんだもん。お邪魔しやすくて有り難くはあるけどさすがに女の人の一人暮らしだしどうなのかなって思ってはいたから」
「う……」
シュウ君に痛いところを突かれて、小さく言葉を漏らす。シュウ君が来ることもあってすっかり鍵を閉めないのが当たり前になっていたこの家は、犯罪を犯すならば簡単にできるような状態になっていたと言えるだろう。何もなくてよかったよ、と安堵したように言うシュウ君の言葉は、ご尤もである。
「でも、チェーン付けてるからって安心したらダメだからね? 女の人の一人暮らしは危ないって言うし」
「それを言ったら子どもが一人で出歩いてるのも同じだと思うけど……」
「今の誘拐犯は女の人を狙ってるから大丈夫だよ」
ふいにシュウ君がポケットから紙を取り出して、折りたたまれていた一枚の地図を目の前のテーブルに広げる。この街を中心にその周辺の街が印刷された地図は、赤ペンで二つの✕印が付けられていた。シュウ君は胸ポケットに入れていた赤ペンを取り出して、トントン、と地図を叩いて示す。突然の行動を不思議に思いつつシュウ君を見れば、彼は真面目な顔で一つの✕印を指差した。
「誘拐犯の一番最初の犯行場所はココで、被害者は十九歳の女子大生。一人暮らしで恋人もいなくて、時折家に友達が遊びに来ることはあったみたいだけど最近はあんまり見かけなかったみたい」
「うん……?」
「で、こっちの✕印が第二の被害者でこの人も女子大生。二十一歳」
「ハイ」
淡々と説明してくれるシュウ君の説明は今までの誘拐犯の犯行状況が整理されていてとても分かりやすい。昨日見つかったという第二の被害者の遺体発見場所と、その前に既に見つかっていた第一の被害者の遺体発見場所の部分を丸で囲む。その瞬間、ニュースだけでは分からなかったモノが見えて私は眉を寄せた。各々の場所までの感覚は不規則だけれど、
「なんか、こっちに近付いてる……?」
「そうなんだ。隣町から第一の犯行場所、一人目の被害者の遺体発見場所、第二の犯行場所、二人目の被害者の遺体発見場所。ちょっとずつこの街の方に近付いてるんだ。勿論それだけじゃ絶対次にこの街で犯行を行うとは言えないけど、でも警戒するに越したことはないと思う。前回の犯行の時に不審な車の目撃情報が上がってたみたいだから、犯人は車移動。ナンバーを偽装してる可能性はあるし移動は容易だろうね。犯行から遺体発見までに日数があるってことは、数日間被害者は生きていた可能性もある」
「おぉ……」
まるで警察のように推理を見せてくれるシュウ君に、私一人では絶対に辿り着けなかったであろうその着眼点にただひたすらに関心する。別に私が狙われると決まったわけではないのだけれど、まるでシュウ君は最悪を想定するかのように親身に事件を調べてくれたのだろう。その心遣いだけで、どこか嬉しくなってスコsだけ表情が和らぐ。
「被害者二人共誘拐されたのは日中だけど目撃情報がないってことは近付くのも上手いし犯行の手際もいいと思う。車移動ってことを考慮すると多分攫うのは一瞬の出来事だから……ってお姉さん、ちゃんと聞いてる?」
「ご、ごめんね? なんかシュウ君が親身になってくれてるの嬉しいなぁって思って……」
ぺちん、と緩む自身の頬を抑えながらシュウ君に告げれば、シュウ君はプリプリと怒っている姿を見せて小さく謝罪を述べる。警察さながらの捜査力に関心をしつつ、お礼を告げればシュウ君は私に抱きついてぐりぐりと頭を押し付けてくる。これは、シュウ君が甘えたいときの行動だ。
シュウ君の甘えたメーターを理解してしまった私は、優しくシュウ君の頭を撫でる。暫くそのまま猫を撫でるかのように撫でていれば、シュウ君は私に抱き着く腕の力を強めてちらりと私を見上げた。
「……何か、嫌な予感がするんだ。まるでお姉さんと離れてしまうような」
「私はシュウ君の傍にいるよ。私の身長を抜いても気持ちが変わらなかったら、告白してくれるんでしょ?」
「勿論」
えへへ、と嬉しそうに笑うシュウ君を撫でつつ、地図に視線を落とす。印が付けられた地図。少しずつこの街に近付いているけれど、それが絶対次にこの街で犯行を起こすという確信になるかもしれない。たまたまかもしれないし、それどころか先に警察の捜査により犯人が逮捕される可能性だってあるだろう。シュウ君の嫌な予感が、これに関係がなければいいなぁ。そんなことを思いながら、私はただシュウ君の頭を撫で続けた。
◇ ◇ ◇
シュウ君からの注意喚起から二週間程経った頃。誘拐犯の続報は特に無くてただ捜査だけがむなしく進んでいるという状態となっていた。街は普段通りに戻りつつも犯人は捕まっていなくて、けれど二人目の被害者が出たときよりかは落ち着いたものの少しだけ日常に戻りつつあるのは慣れというやつだろうか。私自身防犯面では極力気をつけているけれども、比較的最初の頃よりかはガッチガチな警戒はしないようになっていることも確かだった。
(……あれ、)
街を歩いててすれ違った人のポケットから、視界の端でぽろりと財布のようなものが落ちた。その落ちた財布と電話をして歩く男の人も見比べるも男の人に気付いた様子はなくて彼は徐々に私から遠ざかっていく。電話をしながら徐々に距離が離れていくその男の人の背はまだ見えるから、私が走れば追いつけるぐらいだろうか。
(届けた方がいい、よね?)
本来ならば然るべきところに届けるべきではあるものの、落とした本人がまだ見える位置にいるだけに追いかけて渡した方が早いだろう。何より女性なら財布に入れていない人も見かけるけれど、男性は免許証とかもまとめて財布に入れているという話をちょこちょこ聞くし。そう思って私は道に落ちていた財布を拾い、その男の人の背中を追いかける。元々の歩幅の違いはあるものの相手はせいぜい早足といったところで私は小走りだから追いつくまでにそこまで時間はかからなかった。電話をしながら車に乗ろうとしていた男の人に落とした財布を渡すべく彼の腕を掴む。瞬間。
「……え?」
気付いたときには、私の世界は暗転していた。
2020.02.22
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