一夜限りのシンデレラ

酔い潰れた午前1時

 
「ホントに、ザルだったのねぇ…」
「弱い方ではないと、言いましたので」

彼の運転に寄って案内された居酒屋は、日本らしい和風な感じの店だった。いわゆる床座の恐らく4人席であろう場所に案内された。時間が時間なこともあって人がまばらだからなのだろうか。
私の目の前に座る彼は、私と同じペースで飲んでいる。比較的アルコールが強いであろうお酒をロックで飲んでいるが、一向に酔う気配はない。自ら弱くはないと言ったのは嘘ではないらしい。

「むしろ、貴方のほうがわりと来てませんか?」
「そうねぇ…。こっちに来たのって今日なのよ」
「はい?」
「時差ボケが今頃来たのもあるかもしれないわ」

普段ならこの程度の量で全く酔わないのだけれど、今日はやけに眠い。アメリカからこっちに来たときには、丸一日無くなったことになる。簡単に説明するならば、アメリカを飛び立った時間から約27時間後に日本に着くといえば分かりやすいだろう。
けれど身体で感じる時間はわずか13時間程で。身体の感覚がわけがわからないのは無理もない話である。

「普段なら、この程度では酔わないと?」
「よっぽど疲れてたりしてたら、話は別だけどね」
「気付かないうちに、疲れが溜まっているのかもしれませんね」

和風な作りとは裏腹に、この店はわりと洋酒も揃えているようで。目の前に座る彼はバーボンを嗜んでいる。ちなみに私はカルアミルク。先に言っておくが可愛く見せたいとかそういうつもりは一切無い。さっきまではルシアンを呑んでいた。少し酔い始めたので休憩といったところだ。

「…何で、気付かなかったかなぁ」
「何かあるのなら、聞くぐらいなら出来ますよ」
「うーん…。もう、秀一はいないのに、何で今さら好きだなんて、気付いちゃったのかなぁって…」

机にうなだれながら、今日になって気付いたことを呟く。どうして、今更秀一が好きだったなんて気付いたのだろう。彼は、もうこの世にいないというのに。
いっそ、気付かなければ良かったのに。

「…もし彼が生きていたら、気付けなかったと?」
「多分、気付かなかったかなぁ…。絶対に、生きて帰ってくるって過信してたから。馬鹿な女よねぇ、私も」
「気付かなければ良かったと思うということですか」
「そうね、そっちの方が幸せだったかもしれないわ。彼も、私が想ってるなんて知ったらこの世を彷徨っちゃうかもしれないもの」
「ホー…」

彼の相槌は、どこかで聞いたことのあるものだった。それは果たしてどこで聞いたものだっただろうか。最近聞いたものではないことは、確かだった。

「秀一……」
「はい?」
「……なんでもないわ」

確か、秀一が、そんな相槌をすることがあった。日本人というのは、こうも似ているのだろうか。それとも、たまたまなのか。
最も、彼がこんなことをする利点はないと思う。ジェームズさんもジョディも、彼は死んだと言っていた。よっぽど変な組織にでも目を付けられたというのなら、話は別だが。

「…一時だけ、その苦しみから逃れられる方法を知っていると言ったら。……どうしますか?」
「え…?」

彼の言葉に、私は項垂れているのから顔を上げた。口元に孤を描く彼は、私の頬に触れる。

「もう、彼はこの世に居ない。想い続けても、その想いが報われることはない」
「っ………」
「今日だけでも、忘れてしまえばいいじゃないですか。快楽に溺れて」

するり、と、私の頬に触れていた手が滑り落ちた。その低くて甘い囁きは、まるで悪魔の囁きのようだ。甘い言葉で誘惑して、その後ろにある本心には触れさせずに。暗い場所へと誘いこむ。
テーブル越しに触れられる手は、まるで私を誘惑するように首筋から胸元をなぞった。

「そこまで言うのなら…忘れさせてくれるってことでいいのかしら?」

彼の手を取り、指を絡ませる。見た目には分からなくても、彼もそれなりに酔っているのかもしれない。
指を絡ませた私の手は解かれ、その指先に口付けをされる。どうやら、彼とはまだ暫く共にいることになりそうだ。

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