一夜限りのシンデレラ

微睡みの中の午前3時


明晰夢、というのだろうか。今いるこの場所は夢の中なんだとハッキリ認識することができる状態である夢。その中に、私はいた。夢の中なのに仕事をしていて、そこには、彼もいた。

「…随分と、忙しそうだな」

私を見て声をかけてきた彼の声は、夢の中だというのにハッキリと聞こえた。そんなに忙しそうにしていただろうか、と書類を見ればソレはどこか見覚えのあるものだ。

「………アリシア?」

私が今手に持っている書類は、確かに昔私が処理したものだ。彼が日本へと行く前に。そして、どこかで体験したことがあるようなこの状況。

(彼が、日本へ行く数日前、なのだろうか)

黙ったままの私を彼が妙に思ったのか。彼は、私に近付いて顔を持ち上げた。

「今日は随分と大人しいが、熱でもあるのか」

額に手を当てて、熱があるのか確認される。随分と近い位置に立つ彼。熱がないのを確認して額から手を離しても、私から離れる気配はない。

「…近いうちに、日本に行くそうね」
「情報が早いな。まだ本人への通知しか来ていないんだが」
「どうして、かしらね」

夢の中だから、なんて言ったら彼は笑うのかしら。今みたいに、熱でもあるのか、だなんて言ってくるのかしら?
彼に触れられた額は夢の中だというのに熱くて。彼への想いに気付いた今、私から触れたいと思ってしまって。そんな私の気持ちを知らずに触れる彼は、夢の中だからなのだろうか。

「日本での事件は、大きなものなの?」
「それなりに、な」
「……そう」

苦虫を噛み潰したように笑ってみせる彼。何か思うところがあるのか、私を見ながら髪を梳くようにしながら触れる。
私が彼に言えなくて後悔している言葉は、喉元までは出かかっているというのにその先に出すことは出来なくて。私の長い髪が彼の指をすり抜けた。

「早く、こっちに戻ってこれるといいわね」

何を言っていいのか分からずに、私は適当に思いついた言葉を並べる。私自身がいいたい言葉は違う言葉な筈なのに何を言いたいのかさえ分からなくて。
彼の横を、通り過ぎた。

(どうせ、夢の中だ)

目が覚めれば、彼の居ない世界が私を待っている。今ここで彼に何かを伝えても、それが変わることはない。彼は居なくて、だから、私は日本に来ていて。快楽に、溺れた。
もし、もしも彼が生きていたとしても、きっと私は彼に会うことなんて出来ない。誘われるがままに欲に溺れた女なんて、忘れてしまえばいい。

(目が覚めても、私は―………)

脚を止めて、彼を見る。きっと、もう二度と、私は彼の姿を見ることはないのだろう。今見ている姿も虚像ではあるけれど、きっと、それさえも見ることは叶わなくなる。だから。

「……死んだら、承知しないわよ」

せめて夢の中だけでも生きていてくれないだろうか。そんな願いを込めて呟いた言葉は、彼には届かない。

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