(追うことすら、叶わなかった)
「結城……?」
「目、覚めた?」
体中が痛む中、まどろむ意識が少しずつハッキリしてくる。咄嗟にその場にいた彼女にしがみ付いたのだろう。抱き着くような体制になっていても嫌がられていないことに内心安堵しながら頭を抱えて今の状況を思い出す。確か、蘭が来ているときに薬の効果が切れた筈。
「…悪い、」
「ん、気にしてないし」
「……謝るより先に、もう少し離れた方がいいんじゃないかしら?」
冷めたような、灰原の声。その声に、半ば反射のように結城から離れた。結城が俺と灰原を見比べているところを見ると、灰原は最初からいて俺だけが気付いていなかったということなのだろう。
「貴方のおかげで、いいデータが取れたわ。次に薬を渡すときは完成品を渡せそうね」
「完成、品だと……?」
灰原の言葉に、俺は灰原を睨みつけた。確かに灰原は俺に薬を渡したときに、完成品に近いものだと言っていた。それは、遠回しにコレは完成品ではないということを言っていたのだろう。
結城が不安げに俺と灰原を見比べるのが、視界に入った。
「今回渡した薬は完成品に近いと言ったでしょう?それは、完成品との調合がほんの少しだけ違うのよ。貴方が、元に戻れるように。選ぶ機会を、与えるためにね」
そう言いながら、灰原が制服のポケットから取り出したのはピルケース。カラン、と乾いた音を立てたソレの中には錠剤がひとつだけ入っている。それはこの前俺に渡してきた解毒剤に比較的近いものだったものに見える。恐らく、本物の解毒剤はこれから作るのだろう。
俺に選択を迫るように笑う灰原を見て、頭を書きながら灰原を見た。
「オメーの言う完成品ってのを飲めば、完全に元の…工藤新一の身体に戻る、ってことだよな?」
「えぇ。死亡届を取り下げれば、貴方はまた元に戻れる」
代わりに、江戸川コナンが死んだということになるのだけれど。そう言う灰原は、どこか楽しそうに見える。"工藤新一"に戻るか、それとも"江戸川コナン"として生き続けるか。どちらかを選べと、彼女は言っている。
控えめに俺の服の裾を掴んだ結城を見て、口を開いた。
+ + +
「……帰らせて、よかったの?」
「いいんだよ、コレは俺の問題だから」
結城を帰らせた後、灰原が俺に向かって尋ねた。たとえ俺がどちらを選ぼうと、結城には関係のないことだ。薬を飲むことを選べば"江戸川コナン"がこの世から消えて、"工藤新一"が戻ってくる。薬を飲まなければ、その逆の出来事が起きる。ただ、それだけのことだ。
「……完成した解毒剤を飲んだら、もう一度薬を飲んだからと言って再度小さくなれるとは限らない。後悔をしないように、選びなさい」
近いうちに、完成した薬を持ってくるわ。そう言って、灰原は部屋から出た。どうにもやるせない気持ちをぶつけるように床を殴る。ずっと、望んでいたはずだった。元に戻って、蘭に会って、それで――…。
――コナン君。彼がね、私の…
数年前に聞いた、蘭の言葉を思い出す。照れくさそうに、隣に立っている人を俺に紹介してきた、彼女の顔を。
(戻っても、どうにもならねぇじゃねぇか……)
戻るには、時間が経ちすぎている。全てが、遅すぎたんだ。
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