冷たいところに、突き落す気分だった。
あれから数日が経った。江戸川君はまだ学校に来ていない。考えて、いるのだろうか。工藤新一と江戸川コナン。どちらを選ぶのかを。
私には、関係のないことだ。たまたま選択肢を与えられたときに居合わせただけ。それだけ、なのに。
(何で、気になるかなぁ……)
いつもなら、そうだね頑張ってねぐらいの気持ちで軽く流せた。なのに、どうしてだろうか。どうにもその感情には気付いてはいけないような気がして、考えないようにするのに何故か気になるのだ。
我ながらどうしたんだろうか、と思いつつ帰路に就く。いっそ江戸川君のところまで行ってみようかと思うもこういうときはやっぱり一人で考えたいものだよな、と思って諦めた。
「あれ?確か貴方……」
後ろからかけられた声を思い出せなくて、少し不思議に思いながら振り向く。そこにいたのは、少し前に会った、女性だった。
+ + +
どうしてこうなったのか。そう言いたい衝動を抑えて、チラリと目の前に座る女性を見る。道端で会って、近くに入ったカフェに入った。私よりも恐らく十歳ぐらい年上であろうその人は私と視線が合うとニッコリと笑みを浮かべた。
「コナン君とは、まだ恋人じゃないのかな?」
「別にそういう関係ってわけじゃ…」
それにその場合多分選ぶ権利は向こうにあるかと。そう言えば、彼女…毛利さんはクスクスと笑った。別に恥ずかしがっているわけではないのだけれど、毛利さんはそう捉えたのだろう。懐かしいなぁ、なんて言っている。
「毛利さん、は…その、工藤先輩の、幼馴染…ですよね?」
「そうね…。うん、幼馴染」
「江戸川君と、工藤先輩って…そんなに似てるんですか?」
恐らく毛利さんは、江戸川君が工藤新一であることは知らない。それを、確認したかった。
毛利さんは一瞬目を開いて、視線をコーヒーの入ったカップへと落とした。
「何度もコナン君が新一なんじゃないかって思ったぐらいには似てたわ。でも、違ったのよね」
「そう、なんですね…」
江戸川君は、多分、この人のことで悩んでいるんだ。推測ではあるけれど、ずっとこの人が好きで。危険から彼女を遠ざけたくて、何も言わなかった。必ず元の身体に戻ると、決めていたのだろう。
コナン君、最近ちょっと体調悪いって聞いたから心配してたの。そう言って、毛利さんは困ったように笑った。最近ちょっと忙しかったのと気温の変化が激しくて薄着のまま寝ちゃったって言ってました、なんてそれっぽいことを言えば安心したらしく葵ちゃんには報告してるんだ、なんて言われてしまった。
「その…毛利さんに、恋人は…」
多分、推測を確信へと変えたかったのだろう。自分でも何で聞いたかは分からなかった。けれど毛利さんは特に怪しむこともなく恋人がいることを教えてくれた。
その言葉か、やけに胸にストン、と落ちてきた気がした。
(そりゃあ、江戸川君も悩むか…)
多分、彼はこの人が好きだったのだろう。幼馴染で、小さな頃からずっと。でも、今彼女には恋人がいて。失恋と、いうのだろうか。
恋人のことを話してくれる毛利さんに笑顔を浮かべながら、コーヒーを飲みこんだ。
+ + +
「お久しぶりですね……って待って待って扉閉めないで!」
金曜日になっても現れない江戸川君の生存確認も含めて、突然訪問してみた。扉を開いてくれたのはいいものの私を見るなり心底嫌そうな顔をして扉を閉められそうになったので咄嗟に足と手を挟んだ。
もっと激しく抵抗するかと思いきや案外アッサリと江戸川君の力は抜かれて、じっと私を見た後扉から手を離して小さく入れよ、と言われたのでお邪魔しますと言って中に入る。
「……何しに来たんだよ」
「悩んでるみたいだからそっとしておこうと思ったけど…まぁ、生存確認?」
興味無さげにふぅん、と言われて何のために聞いたんだと思うもお口にチャック。ダイニングに案内されるやいなや江戸川君は踵を返したのでどこに行くのか訊けば飲み物を取ってくるとのこと。歓迎されてはない気はするけれど、本気で嫌がられているわけではないらしい。
江戸川君が扉を閉めた後、特にすることもないのでつい辺りを見回す。生まれてこの方一般庶民の私からすれば前回来たときはそんなに思わなかったけれどなんかいてもいいのかという気分にさせられるのは私だけだろうか。
幸いにも江戸川君はそんなに時間が経たずに戻ってきてくれて。出された紅茶の入ったを受け取りながらお礼を言った。
「それで、何しに来たんだよ」
ふてくされたように言う江戸川君。まだ、灰原さんに貰った薬は飲んでいないようだ。
紅茶を一口飲んで、この前毛利さんに会ったよ、と言うと、江戸川君の眉がピクリと動いた。
「あの人が、好きだったんだよね」
「……あぁ」
やっぱり、そういうことなのか。自分の立てた仮説は正しかったのか、と思って小さく息を吐く。
毛利さんは、前に進んでる。工藤新一がいなくなって、きっと悲しんだけれど、それでも。
「……いいの?」
「何がだよ」
「毛利さんは、"工藤新一"がいなくなっても前に進んでる。忘れたわけじゃない。きっと、ずっと毛利さんの心の中には"工藤新一"がいる。でも」
「分かってんだよ!」
江戸川君の声に、私の声がビクリと揺れた。ソファーに座った彼は下を向いて、頭を抱えるようにしている。私から、彼の表情は見えない。
「頭では、分かってんだよ…。俺だけが、前に進めてない。過去に、囚われて」
俺は、どうしたらいいんだよっ…!そう言った江戸川君は、どこか知らない場所に置いてけぼりにされた子どものようだった。
多分、ずっと、そうだったのだろう。一人だけ前に進めなくて、モヤモヤして。その気持ちをどうしたらいいか分からなくて。多分、灰原さんだって前に進んでる。元の身体に戻ることをせずに、今の身体のまま生きると決めているのだから。
「とりあえず、さ」
紅茶の入ったカップを置いて、立ち上がる。きっと、ずっと同じ人を好きだったから。こういうときどうすればいいのか分からないのだと思う。
江戸川君の顔を私の胸に埋めるように、抱きしめる。
「泣けば、いいんじゃないかな」
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