(差しのべられた手が、とても温かく感じた)

 
「洗面所借りるね」

もう勝手にしてくれ、と言いたくなったのを押さえて、適当に返事をする。ソファーに横になって、自分の行動を思い出してなんとなく気恥ずかしくてうつ伏せになって顔を埋めた。
暫くすると彼女はパタパタと小走りで戻ってきて、ソファーに顔を埋める俺の頭を撫でる。

「……なんだよ」
「いや、江戸川君にも年相応なところがあるんだなって」

でも中身は違うんだっけ、と言った結城に苦笑いをする。確かに今の俺は中身は葵より10歳上で。10も下の子どもに慰められたのかと思うと苦笑いをするしかないだろう。だからと言って、灰原に慰められるのも御免だが。

「…決めたの?」
「何がだよ」
「薬。飲むか、飲まないか」

結城は一人掛けのソファーに座って、俺を見る。泣いたばっかりだし、今から決めてもいいんだけど。そう言って、彼女は飲みかけだった紅茶に手を出した。随分と、冷めてしまっただろうに。

「9割、な」
「残りの、1割は何?」
「それを選んで、後悔しないかってやつだな。結局、どっちを選んでもまともな道じゃねぇだろ」

身体を起こして、ソファーに座りなおす。もう一度紅茶を入れようか、とカップに視線を向けたとき。鈍い音とともに自身の頭に衝撃が走った。鈍痛のする場所を押さえて結城を見れば、当たり前だが痛みの原因は結城。握られた拳で、俺の頭を殴ったらしい。

「後悔なんて、後から悔やむから後悔って言うんでしょ。今からしてどうするの」
「だからってグーで殴るなよな」
「平手の方がよかった?」

その場合、立派な紅葉が出来るかもね。そう言って、結城はカップに残っていた紅茶を一気に飲み干した。
未だジンジンと痛むそこを撫でつつ、ソファーにどより深く腰掛ける。

「まぁ、早いとこ顔出さないと勉学は大丈夫だろうけど対人で苦労するよ。吉田さんだっけ?なんかちょこちょこクラス覗いてるよ」
「んな訳ねぇだろ…」

俺が学校を休む前から、アイツらには顔を合わせていない。会いにも来づらいのか、ここに来たこともない。
やっぱり、見せないだけで心配はしていると思うよ。あれだけ仲が良かったんだし。結城はそう言って、昔のことを思い出しているのか頬を緩ませていた。仲がいい、というよりはつるんでいた、という方が近いような気がするが。

「とりあえず、学校には来なよね。あ、なんなら私迎えに来るよ」
「は?」
「や、通ろうと思えば通れるしココ」

多分、コイツには言っても無駄だろう。勝手にしろ、とだけ言えば了承したらしく勝手にする、と言って立ち上がる。帰るのかと尋ねれば帰らなくていいの?なんて妙なことを言い始めたから適当にソファーにあったクッションを投げた。

 + + +

「…決めたのね」
「あぁ」

結城が俺のところに突然来た日から、数日が経った。灰原を呼び出して、結城に押されるようにして決めたことを灰原に告げた。彼女は、どこか遠い目を見せたけれど小さく息を吐いて机の引き出しを開けた。

「決めれたのは、結城さんのおかげかしら?」
「別に、そんなんじゃねぇよ」

灰原が引き出しから出した、小さな紙袋。前回薬を渡されたときと同じ紙袋を受け取って中を見れば、そこに入っているのはピルケース。ピルケースの中には、錠剤がひとつ。

「コレが、完成品か?」
「えぇ。コレを飲めば、貴方はようやく元の身体に戻ることが出来る」
「薬のデータは?」

灰原は、元には戻るつもりが無いと言っていた。ならば、こんな薬、永遠に消してしまうべきだろう。
データに、コピーは無いわ。灰原はそう言って、一枚の透明のケースに入れられたディスクを渡した。昔はフロッピーディスクに入れられていたというのに、CDになるとは時代の変化とデータの膨大さを物語っているような気がした。

「長かった、な」
「そう、ね。10年もの月日が流れたわ」

恐らく、灰原は組織によって手に入れた知識を生かすのだろう。解毒剤を作るのに得た知識も、同様に。10年の月日は、決して無駄になったわけではない。

「またな」

最後に灰原に向けて言った言葉が、やけに部屋に響いた気がした。

2015.07.20
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