飲まないで、と言えたらどんなに良かったか。

 
「結城さん、ちょっといいかしら?」
「……え?」

昼休み。ご飯も食べ終えて友達と談笑をしていたとき。突然、教室の出入り口から呼ばれた。同級生からも美人で頭が良くて大人っぽくて灰原さんが一目置かれている子とは知っている。そんな彼女から呼び出されたことに心当たりは今一つなくて。友達に行ってくるね、と言って彼女の方に向かう。

(あ、江戸川君のことかも)

朝、江戸川君の元まで本当に迎えに行って半ば引きずるようにして連れてきた。今は教室にはいないけれど鞄は置き去りだからどこかにはいるのだろう。

「何か、あったの?」
「……ここじゃ、ちょっと話しにくいわ。屋上に行きましょう」

灰原さんに尋ねれば、この場に江戸川君がいないことを確認するように教室内を見渡した後に言った。聞かれたら困る、ということはやっぱり江戸川君のことなのか。結局彼が薬を飲むのか飲まないのかは私には分からないけれど、もう決めたようだからそのうち分かるだろう。元に戻る道を選んだのか、それとも今のまま生きていく道を選んだのか。
屋上の扉を開ければ、そこには誰もいなくて。そもそも出入りしていいようになっているのかはよく知らないけれど灰原さんがいたらもし誰か来ても何とかなりそうな気がするのは私だけだろうか。

「わざわざ屋上に来るってことは、江戸川君のこと?」
「……勘が、いいのね」

カシャン、と灰原さんの手が屋上のフェンスに触れる。下からは賑やかな声が聞こえてくるのに屋上は酷く静かで、別の世界のように思えた。

「江戸川君が、私から薬を受け取ったわ」

灰原さんが、私を真っ直ぐに見ながら言った。薬を、受け取った、と。その言葉が、何故か私の中に重くのしかかった。
薬を受け取った、ということは。彼はそれを飲むつもりがあるのだろう。そして、元に戻るつもりなんだ。工藤、新一に。

(期待、してたのかな……)

心の奥底で。彼は、元には戻らないで江戸川コナンを選んでくれると。
自分でも、何でそんなことを思ったのかは分からないけれど。彼が元に戻ろうとしていることは、言ってしまえば当たり前のこと。今の状態の方が、彼からすれば異常なのだ。

「私には…。彼を止める権利は無いよ」
「別に、止めろって言ってるわけじゃないわ。貴方も彼が工藤君だって知ってる以上、教えた方がいいかと思っただけよ」

それを聞いて、どうするかは私には関係ないもの。そう言って、彼女は下を見下ろす。
確かに、灰原さんはもう決めている。元に戻ることはせずに、今のまま生きると。どうしてそう生きようと思ったのかは分からないけれど、彼女は彼女なりの葛藤があったのだろうか。知る術は、無いけれど。

「もし江戸川君に何か言うことでもあるのなら、早めの方がいいかもしれないわよ」

薬を渡した以上、いつでも元に戻れるから。そう言って、灰原さんは私の横を通って屋上を後にした。
なんとなく、そのまま教室に戻る気にもなれず。私はさっきまで灰原さんがいたフェンス際に座る。

(どうしようかなー…)

特別言いたいことがあるわけではないけれど、近いうちに江戸川君に気軽に会えるのが最後になるのか。死亡届を取り下げれば、さらに会えなくなるのかもしれない。10歳も離れた小娘にそんなに気軽に会ってたら危ない人に見えないこともないだろう。

「何悩んでんだよ」
「………いたの」
「反応薄すぎだろ…」

フェンスの外を見ていながらぐるぐると思考と巡らせているときにかけられた声。それは、江戸川君だった。どこにいたの、と聞けば屋上のさらに上の給水タンクとかがあるところだとか。サボってても先生に見つからない穴場らしい。

「俺が薬貰ったっていうことでも、気にしてんのかよ」
「あ、さっきの話聞いてたの?」
「聞こえたんだ」

不可抗力だっつーの。そう言って、ふてくされたように江戸川君は私の隣に座る。薬を貰った、ということはどうやら本当のことらしい。

「薬を飲むか、飲まないか。どっちが正解なんてないんだよね」
「まぁ、な。どっちも正解だし、どっちも不正解みたいなもんだろ」
「難しいなぁ…」

どっちが正解だ、ってあれば簡単なのに。正解を選んで、後悔することだってあるんじゃねぇの。江戸川君にはあったの?お前よりかは長生きだしな。好きで10歳下に生まれたわけじゃないよ。
そんな、他愛もない話をして。でも、江戸川君から俺は飲まない、って言葉は出てこなくて。やっぱり、飲むんだなぁとどこか客観的に思う。

「オメー、今日時間あるか?」
「放課後?あるよ」
「ちょっと、俺の家寄ってくれねぇか」

やりたいことがあるんだ、と言った彼を見て、私は眉間にシワを寄せた。

2015.08.01
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