(彼女を、俺の前から消したくないと思った)
薬を飲むことを決めて、学校をやめる手続きをした。今の家は工藤新一がいつか戻ってくるかもしれないから、という理由で住んでいたのは学校側も知っていて、俺の親は仕事で海外にいるということになっていたから思っていたよりも話はスムーズに進んだ。
蘭にも、挨拶に行った。日本を離れて、親元に戻らなければならなくなったことを告げれば、寂しそうに笑って寂しくなるね、と言ってくれた。おっちゃんがたまには顔見せに来ればいいだろ、と言われて、そうだね、と小さく返した。もう、会うことは叶わないことは、言えなかった。
(荷物まとめて、パスポート…は、向こうが何とかしてくれるのか)
思ったよりすることがないな、と苦笑いをする。正直鏡を見ても今の自分の顔が本当の顔なのだと思ってもあまり実感は無い。俺の中で知っている自分の顔は高校生のときで止まっていて、己自身の身体でありながらその先を知らなかったのだ。これだけは、時間が解決してくれるのだろうかと思うしかないだろう。
(今日は、結城が来るのか……)
携帯のメールを確認して、日付を見る。俺が工藤新一に戻って、少しだけ日付が経った。少し前に結城と約束した"3日後"が、今日だ。朝に来ていたメールでは、今日学校帰りに寄るね、と短く書かれている。
学校が終わる時間、となればそろそろ来るのではないだろうか。自分の方が10歳年上な筈なのに頼りっぱなしだったな、と苦笑いをしながら適当に紅茶を出して入れる。
そのとき、タイミングがいいのか悪いのかチャイムが家に響く。結城を出迎えると一瞬驚いたような表情を見せて、小さくそう言えばそうだった、と呟いたのを見て苦笑いをした。
+ + +
「じゃあ、日本にはもう戻ってこないの?」
「まぁ、そうなるだろうな…」
もしこっちに来ても蘭がいる以上、米花町付近は殆ど来ることはないだろう。日本に来ることも、無いのだろうけれども。結城は俺が元に戻ったことに納得したような顔をして、紅茶を口に運ぶ。
「それで、オメーがよければ、なんだけどさ」
「だが断る」
「…オイ」
「冗談だよ。それで?」
話を聞くつもりがあるのか、と言いたくなるような返答に大きく息を吐く。まさか俺が柄にも無く緊張しているのを見越してそんなこと言ったのだろうか、と結城を見るも、どうにもそんなことは気にしていないように見える。多分、適当に言っただけなのだろう。
「卒業したらでいいからよ、目の届く範囲にいてほしいっつーか…」
「目の届く、範囲…」
「別に変な意味じゃねぇよ…!や、ある意味当たってると言えば当たってるけど、違うっつーか…」
コイツに、近くにいてほしいと思ったのは確かだ。その感情は、蘭に向けていたものとは違う。でも、目の届く範囲にいてほしいと思った。その感情の名前は、わからないというのに。
何と言っていいか分からずに発する言葉を必死に選びながら結城を見れば、彼女はクスリと笑う。まるで、その言葉を待っていたかのように。
「江戸川君は、私がいないとその感情が何かも分からないもんね?」
「オイ……」
「冗談だよ」
さっきと同じように結城を見るも、俺の言葉を真面目に受け取ってくれているのだろうか、と言いたくなるような顔をしている。ただ、俺と視線が合うと笑みを浮かべた。
「真面目な話。私でいいの?」
「10歳、違うってか?」
「それもあるけどさ、私、冷めてるよ」
「お互い様だろ」
冷めてるのは、俺だって同じだ。今更元に戻っても仕方ないと思いつつ、結局この身体を欲していた気持ちが抑えられなかった。戻れば、江戸川コナンで居続ける以上に周りに協力をしてもらうことになるのは、分かっていたというのに。
結城の顔から笑みが消えて、何かを思うように俺を見る。それが、妙に居心地がいいような気がして。
「私、冷めてるから。どうでもいい人へはすぐに見放す。だから、どうでも良くない人へはそこに全部傾く」
それでもいいというなら、私は江戸川君の手を取るよ。そう言って、結城は挑戦的に笑う。全部傾いてその先にあるのは何かを考えて、思わず笑う。いっそ、今の俺には重すぎるぐらいが丁度いい。
「すっげぇ告白」
それはどうも、と素っ気なく返事をした結城を見て、俺は口角を上げた。
2015.08.22
- 16 -
top
ALICE+