(安心したのは、何かが始まっていたからだった)

 
家に戻って、灰原に貰った薬を見る。完全ではない、と言っていた。元に戻れるかもしれないし、昔の解毒剤のように時間が経てば戻るのかもしれない。

("工藤新一"は死んだことになっているというのに、何で今さら…)

そう思いつつも、戻ったら今のつまらない世界も何か変わるのかもしれない。淡い期待を抱いて、薬を水と共に流し込んだ。

 + + +

息苦しさと痛みを繰り返す中意識を失って、落ち着いた頃には日付が変わっていた。日付が変わって、というか変わるのを通り越してもう日が出て随分と経っているようだ。時間を確認すればもう昼で、学校はサボったことになるのか、と息を吐く。
身長や身体つきは、あまり変わっていないようだ。失敗だったのだろうか、と思ったがあの痛みはその昔経験したものとほぼ変わらないものだ。

(とりあえず、鏡……)

ダイニングキッチンで薬を飲んでそのまま倒れていた俺は、廊下を出て洗面所に向かう。そこにある鏡に写っていたのは、確かに自分の顔で、でも、今よりも大人びた顔つきだった。

「これが、工藤新一の本当の姿……」

自分でさえ見たことのない、工藤新一の本当の姿。27歳の、工藤新一。もしもあの時、俺が組織の奴らを負わなければ今頃こんな顔だったのだろうか。幼馴染と、恋をしていたのだろうか。もうすべて終わってしまったソレに、苦笑を浮かべた。

 + + +

(戻らねぇ……)

灰原が不完全だと言った薬を飲んで、一週間が経った。身体が高校生に戻る気配は無く、過去に飲んだ薬よりも長く元の姿になっていると言っていいだろう。
ただ、元の姿では学校に行くことも迂闊に外を出歩くことも出来ない。死んだとされる人間が出歩いて知り合いに会ってしまったら、それこそ一大事だ。いっそのこと灰原にどれぐらいで戻る予定なのか訊いてみようと思うも、時計の針が示すのは17時半。

(どうしろっていうんだよ……)

確か灰原は委員会も部活も入っていなかったが、真っ直ぐ帰ってこないこともある。確実に帰ってきている時間というのならあと2時間は経ってからの方がいいだろう。
ほんの出来心で飲んだ薬が、ここまで元に戻らないなんて想像はしていなかった。昔はあんなにも戻りたいと思っていた身体は、今ではどうにも自分のモノとは思えない。元の自分の姿と言われても違和感を感じるソレは、本物ではないはずのコナンの方を欲していて。
モヤモヤする気持ちを消したくて息を吐いたとき。家の呼び鈴が鳴る。今の姿で蘭とかだったらマズイ。窓から玄関の方を見ればそこにいるのは灰原で、ホッとしながらインターホンに出ればプリントを持ってきたとのこと。
適当にポストにでも入れとけばいいだろ、なんて言えば、分かっていたかのように『薬を飲んだのね』なんて言われる。
プリントはどうやら直接渡すように言われたらしく、灰原が帰る様子は無い。

(アイツだし、諦めるか……)

俺が薬を飲んでいることもわかっているようだし、諦めて玄関に向かう。直接顔を見て渡すことに果たして何の意味があるのか。生存確認でもされているのかもしれない。
一言ぐらい文句を言っても許されないだろう。そう思いながら、扉を開く。

「プリントぐらい、ポストにでも何でも入れとけば…………結城…?」
「……え?」

玄関の外にいたのは灰原ではなくて、クラスメイトの結城。驚いた顔をする彼女の姿に、時が止まったような気がした。

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