(彼女がいることに、心地よさを感じた)

 
「江戸川君、だよ、ね……?」
「あー……」

恐る恐る、結城が尋ねる。一瞬誤魔化そうと考えるも、完全に灰原に話しかける口調だったのと名前を呼んだことから言い逃れは難しい。そう考えていたとき、突然ポケットの中から電子音が鳴り響いた。少々その音をわずらわしく思いながらポケットから取り出して操作をする。
メールだったらしく受信ボックスを開けば、送って来た人物は幼馴染。その名前に、一瞬息を飲んだ。

「江戸川、君……?」

携帯の画面を見たまま固まる俺に、痺れを切らしたのかが話しかける。結城の手にはファイルに入れられたプリントがあるところを見ると、恐らく直接渡すように頼まれているのだろう。すなわち、俺がソレを受け取らなければ帰らないわけだ。

(この状況、利用するか……)

話したところで組織はもうない。人が薬で若返るなんて、そんなバカな話信じても信じなくてもどうでもいい。

「えっ……?」

結城の腕を引いて、家の中へと半ば強引に招き入れる。突然の行動にさすがに動揺はしているみたいだが、何かを察したのかそれとも諦めたのか、抵抗することなく着いてきている。
玄関から階段を上がって、向かったのは自室。結城が部屋に入ると同時に、俺が背中で扉を塞ぐ。念のため、だ。

「オメー…口はそんなに軽くないよな?」
「まぁ、わざわざ言うのも面倒だし…」
「今からここに来る人、俺との関係は好き勝手言っていいから絶対この部屋に入れないって出来るか?」

突然の俺の言葉。一瞬は考えるような素振りを見せるが、すぐに口角を上げる。この役目は、灰原では出来ない。蘭の知らない、第三者の方が信憑性が増す。

「……なるほど。姿を見られたらマズイんだ?」

挑戦的に、彼女が笑う。否定も、肯定もしない。実際は否定をしない時点で、肯定しているようなものなのだが。俺の姿をマジマジと見ていたの動きが、止まる。そして、何か思いついたように首をかしげた。自分の中の、何かを繋げるように。

「工藤、新一……?」

まさか、そこまで読んでいたというのか。一瞬驚くも、視線を合わせにくくてすぐに視線を逸らす。元々委員会が一緒になったときから何かを怪しむようなそぶりがあった。工藤新一の再来と言われた俺が、よく似ているのだと思ったのだろう。

「じゃあ、コレが本当の姿なんだ…」
「……俺でさえも、知らなかったけどな」

自身でさえ知らない、本当の姿。あのとき組織を追わなければ、どうなっていたのだろうか。何も知らず、のんきに年を重ねていたのだろうか。組織は、潰れることなく存在していたのだろうか。ありもしない未来を想像して絶望するのは、これで何度目だろう。あのときこうしていれば、という後悔だけが自分を取り巻いていた。
ふいに、玄関のチャイムが鳴る。恐らく、蘭なのだろう。目の前に立つ彼女は『なんとかしてくるから』とだけ言って部屋から出た。

(正体がバレたのなら、利用すればいいだけだ)

俺の正体が工藤新一だったからと言って、彼女が辺りに言いふらす人間ではないだろう。むしろ、自分の中にだけ秘めておいて少し後ろから口元に弧を描いて楽しむ方だ。
下の階から、話し声が聞こえる。今はこれでいいとして、一体いつになったらこの身体は元に戻るというのだろうか。コナンがいないということを隠すのも、限度がある。

―ドクンッ

大きく、自分の心臓が脈打った。それは、薬が切れるときの症状そのものだった。

「っ、」

心臓を押さえて、その場に倒れる。苦しいのは、身体が戻るまでの少しの間だ。そう思っても、実際こういう時間は長く感じるのだが。
呼吸困難にでもなるんじゃないかというぐらいの苦しさに、眩暈がしそうになる。そんな中、外から徐々に足音が近づいてきているのが分かった。

「江戸川君っ!?」
「っ……」

扉を開けたのが自分の幼馴染ではなかったことに安堵する。同時に、彼女に救急車等は呼ばせてはいけない。身体が縮むなんて、あってはいけないことだ。身体が溶けるようなその感覚を堪えながら、携帯電話を手にする腕を掴む。

「すぐ、収まっ…から……」
「でもっ…!」
「っ…悪ィ、」

喋ることすら、苦しくて。掴んでいる手に縋るように、彼女の方へと倒れた。
 

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