崩れ落ちた膝は茶色くなっていた。

 
「実琴、大丈夫…?」
「大丈夫よ。ジョディが気にすることじゃないわ」

治療されて、包帯を巻かれた脚をジョディが申し訳なさそうに見る。今は鎮痛剤を使ったこともあって、痛みは全くない。

「むしろ、お礼を言うのはこっちだよ。私、意識失っちゃったから」
「いきなり記憶が戻ったから仕方ないわよ。もう、大丈夫そうなの?」
「ん、大丈夫。記憶喪失中のことは思い出したときに無くなるかもしれないって言われてたけど、ちゃんとあるしね」
「なら良かった」

ボスが実琴のこと気にしてたから、声かけてくるわ。そう言って、ジョディが部屋から出た。それと入れ替わるようにしてボスが入ってきて、私の姿を確認するように見た。

「記憶の方は大丈夫かね?」
「そう、ですね…。すみません、取り乱して」
「まぁ、記憶が突然戻ったとなると仕方がないだろう。今日はもう帰ってゆっくり休むといい」

ボスはそう言って部屋を出ていき、私は窓の外に視線を移す。空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。私は荷物を取って、早々に事務所を後にした。

 + + +

(ジンが言ってたこと、今なら分かる気がするわ……)

何も、思い出さなくていいといっていた彼。それが、何を意味していたのか。ただ、あのときあの瞬間、時間が止まってしまえばいいと思っていたのは、私も彼も同じだったのだろう。進んでしまった道は、引き返せない。何も知らないでいたいと思ったから、私は記憶を失ったのだろうか。その間に進んでしまった道は、記憶を取り戻した今となってはとても残酷なものであったのだけれど。

「貴方の手を取ることを許されなくなった今、私はどうすればいいの…?」

空を見上げて、小さく呟く。ぽつり、ぽつりと降る雨が、私の頬に落ちて流れ落ちていく。せめて記憶が無い間の出来事が記憶から消えてくれれば、きっとこんなに苦しくなかった。私は、何も知らないでいられた。彼から貰ったもの、全て、知らないでいられた。

(貴方は何故、あんな嘘をついたの……)

私に彼を責める権利なんてないけれど、それでも、そう思わずにはいられなかった。嘘は嘘で塗り固められて、上書きされていく。まるで、いたちごっこのようだ。
全てを思い出してしまった私は、どちらか一方を手に取るなんてことは出来ない。白い絵の具に黒が混ざってしまえば、いくら白を足しても真っ白には戻れない。きっと、それと同じことだ。
私はもう覚えてしまった11桁の数字を押した。

2016.02.19
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