「呉羽、」
「秀一、さん……」
名前を呼ばれて振り返れば、私を見て秀一さんが顔を顰める。こんな姿を見れば、仕方ないだろうか。血にまみれた、白い服。私の血じゃなくて、キュラソーの血。
「さすがに、このままじゃ帰れんだろう」
秀一さんから、座り込んでいる私の肩に上着をかけられる。そのまま動かない私を見て、隣にしゃがんで私の頭を撫でた。
「呉羽の、せいじゃない」
引き寄せられて、腕の中に閉じ込められる。服越しに伝わる、秀一さんの体温。鼓動。それは、今目の前にいる彼が生きている証。秀一さんのシャツを掴んで、途端に肩が震える。涙が、伝い落ちる。
「大丈夫だ、俺はここにいる」
「っ……!」
嗚咽を堪えながら、強く秀一さんの服を握る。背中を規則正しく叩かれて、涙を流す。私を抱き寄せれば秀一さんだって血まみれになるのに、それを気にするようすもなく抱きしめてくれて。それに甘えるように、私は秀一さんにしがみつく。
「私っ……二回目、なんですっ…」
「二回目……?」
「人の、呼吸が止まるのを、見るのっ…!」
「っ……!」
初めてみたのが誰か、なんて言わなくても秀一さんは知っていて。そのときに、もう絶対誰も死なせないと思ったのに。こんなにも呆気無く、私の思いは打ち砕かれる。
「あの人はっ…どうなるの…!?」
「……俺にも、詳しいことは分からん。だが、先にこっちに連絡をくれたのが救いだった」
「え……?」
「今のところ、キュラソーの身柄を確保して病院に受け渡したのはFBI側だ。交渉の余地はある」
「ホントに…?」
「あぁ」
だから、安心しろ。そう言って私の頭をくしゃくしゃと秀一さんが撫でる。喜びなのか、悲しみなのか。自分でもよく分からない涙が溢れて、秀一さんが少し呆れたようにフッ、と笑う。そして私の身体を抱え上げる。
「とりあえず、着替えるのが先だ。家に戻るぞ」
「ん……」
抱き上げ方が姫抱きなことに少しだけ戸惑いつつも、私自身真っ白な制服が血まみれになったのを人に見られるならいっそ少しでも見えにくいこの体制の方がいいだろう。秀一さんの首に腕を回して抱きついて、そのまま運ばれる。一応人があまりいないような道を選んでくれるのは、秀一さんの配慮かもしれない。
「寝てて、いいぞ。いろいろあって疲れただろう」
「大丈夫…。起きて、たい」
「……そうか、」
すん、と少しだけ鼻をすすって、小さく呟く。状況が状況だからか、秀一さんはそれ以上何も言うこと無く脚を進めた。
+ + +
(やっと、寝たか……)
俺の腕の中で眠りに落ちた呉羽の頭を撫でて思う。観覧車前で呉羽を見つけたときは、息を飲んだ。血まみれで、ただキュラソーがいたのであろう場所を見つめる呉羽の姿。
(こっちの心臓が止まるかと思ったぞ……)
精神的にやられたのか、と思うぐらいに呉羽は呆然としていた。そういうことに慣れていない人間からすれば、当たり前なのかもしれないが。人間の呼吸が止まる瞬間、というのは、中々慣れるものでもないのだろう。
眠る直前も俺に縋るように抱きついて。声を殺すようにしながら泣く姿は見るに耐えない姿だった。普段の気丈な姿とは違う。何かにしがみつかなければ、生きていられないという姿。
「頼むから、病んでくれるなよ……」
未だこちらには連絡のない携帯を見ながら、小さく呟く。公安よりも先手を打てたのは有りがたかったが。肝心の呉羽がこれではどうなるだろうか。まだ、呉羽にも聞けていないことはある。
(あまり、時間はなさそうだがな……)
選択肢のうちどれを優先するかなんて分かりきっていることなのに、呉羽を優先したくなるのは惚れた弱みだろうか。確かに眠っているのに抱きついて離れようとしない呉羽の姿を見て、わずかに口角を上げた。
2016.07.21
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