「彼女は、どうなったんですか」
あの事件から少し経った頃、呉羽がふとそんな言葉を紡いだ。そういえば、呉羽の目の前であの女の呼吸が止まった後に搬送されたから知らなかったな、と思いつつ泣きそうな顔をしている呉羽の頭を撫でる。
「一応、回復はしたぞ」
「本当ですか!?」
「あぁ。ただ、どうやら今までの記憶は無いらしい」
「そう、ですか…」
公安より先にこっちがあの女の身柄の確保が出来たことが、せめてもの救いだろうか。たまたま休暇中のFBIがこれまたたまたま保護した、なんて言い訳も降谷君にはバレてはいるのだろうが。
返事をしたまま黙っていた呉羽が俺に抱きついて、頭を押し付けるように顔を左右に動かす。
「一応、記憶が無い間のことは少しだけ覚えてるみたいだがな…」
「そう、なんですか…?」
「あぁ。子ども三人と遊園地に行ったことは覚えているらしい」
「確かに…記憶がないときのこと、ですね」
「みたい、だな。これからどこまで思い出すかは分からんが…」
ぎゅ、と呉羽が抱きつく力を強める。記憶喪失になった人間は、記憶が戻ったときに記憶喪失中の記憶を失うことが多いと聞いたことがある。キュラソーは記憶が戻ったときこそ記憶喪失中のことを覚えていたが、今回はその逆のような現象に近いのだろうか。再度記憶を失ったが、同じく記憶喪失中だったときの記憶はある、ということが。
「本来は面会謝絶だが…記憶がある状態で最後に話したのは呉羽だったな、」
「そう、ですね」
「何か思い出すかもしれない、という名目だが…会えるかもしれんぞ」
キュラソーと呉羽を会わせることは、職権乱用に近いかもしれない。ただ、一応建前は作れる。ボスにも建前だということはバレるのだろうが、死にかけたキュラソーを救ったのはいわば呉羽なのだコレぐらいのことは。許してくれるだろう。まぁ、ボスも呉羽には甘いところがある気がするが。
「一度言ったからには、会わせてくれなきゃ怒りますからね」
少しだけ拗ねたようにそっぽを向きながら呉羽が呟く。俺もほとほと呉羽に甘いな、と思いながら拗ねた彼女の唇を塞いだ。
+ + +
「えっと…初め、まして…?」
キュラソーの病室に入った瞬間、彼女が少し首を傾げながら呉羽に挨拶をした。やはり呉羽のことも覚えていなかったか、と小さく息を吐くが、呉羽は気にした様子もなく人懐っこい笑みを浮かべて同じように挨拶をする。
「初めまして。私、篠宮呉羽です」
「篠宮、さん…」
「名前でいいですよ」
「ありがとう…。貴方も、私の知り合いなの?」
「うーん…。知り合いって言えるかさえも微妙ですかね?救急車呼んだぐらいです」
キュラソーが呉羽を椅子に座るように促して、呉羽は礼を言いながら椅子に座る。彼女が一瞬俺の方を見たが、あくまで俺は監視として中に入った為首を横に振れば、彼女はそれを理解したのかそれ以上何も言うことは無く呉羽の方を見た。ジョディが入ったときはもう少し警戒していたように見えたが、記憶は無くてもどこか心の奥底で呉羽は敵ではないと判断する何かがあるのだろうか。
「その、覚えてなくてごめんなさい…。少しでも搬送が遅れてたら危なかったって言われたから…」
「私のほうが助けられたぐらいですよ。私パニックになってたんで何したらいいのか分からなくて…。むしろ貴方にどうしたらいいのか言われながら措置したんですよ」
成る程、それでアレだけパニックを起こしていたのか。そう思いながら、呉羽を見る。確かに重傷ではあるが喋っていた人間の呼吸が止まれば普通なら驚くだろう。こういう仕事をしていると人の死が近い位置にあるため、気にしたことはなかったが。
(これなら、大丈夫か…)
キュラソーも、呉羽も。一応廊下にも見張りはいるし、何かあったらすぐに対処は出来る筈だ。一応、呉羽も不本意ではあるが拳銃を所持している。……不本意ではあるが。
「呉羽、」
「はい?」
「少し出るから、ここにいろ」
「分かりました。多分何もないと思いますけど、何かあったら呼びますね」
「あぁ」
外に一応見張りは置いておく、と呉羽に告げれば苦笑いを浮かべる。半ば監視するような状態だがこればかりは仕方がない。
キュラソーが少しばかり申し訳なさげに頭を下げたのを視界の端に捉えながら、部屋を後にした。
2016.08.02
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